第3話 黄金の髪の人

 この世に厄災と呼ばれるものが四つある。どうあっても人では対処できない、そういった事象、自然の嬰児による災害のことだ。

 それらは時代毎に生まれては淘汰され、ほとんどは約六十年周期で代替わりしていく。

 そこについ最近まで名を連ねていたのが狼王だ。


「火の如く雷の如く、狼王のようにお前を殺す!」


 獣人の戦士、ルゥフェン・シー。

 四足獣のように腰を落とし、長柄の槍を地面につくほど低く置いた独特の構え。

 こうして見ると、たしかにこいつは狼だ。


「狼王とは、ずいぶん大きく出たもんだ」


 俺は棍棒を肩に担ぎ直し、自慢のデカい身体で相撲取りのように四股を踏む。

 さて、奴の槍はどのくらい速くなるのかな。目で捉えられればまだいいほうだが、見えなきゃ避けようがない。

 最悪一発くらいもらうつもりでいなきゃな。


「死ね豚ァ!」


 咆哮一発、そして同時にルゥフェンは駆け出した。


 ――そしてもうすでに見えない件について。


 地面を蹴り出した瞬間には、正面にいたはずの奴の姿を見失った。

 いやあり得ないだろ、マジ速すぎ。

 辛うじて目視できたのは、尋常じゃないくらい伸びてきた槍の穂先が、俺の腹にぶっ刺さろうとするまさにその直前。


「どっせい!」


 ダメだ、これは避けられん。

 仕方なく腹で受けると、これが腹を突き破って背中まで貫通する勢いだった。オークの身体を貫通するなんて、速さだけじゃなくとんでもない威力だ。

 だからそのまま槍を押し込ませ、ついでに柄を掴んで引いてやった。それでようやく届くようになる。


「なっ、て、てめぇ!」


 咄嗟にルゥフェンは槍を引こうとする。だが残念ながら、全力の突きを引き戻す筋力が奴にはない。


 それは俺の専売特許だ。

 腹を貫通した槍を止めるのも、遠すぎる奴の身体を槍ごと引きずるのも、俺が怪力だからこそできる。

 目を丸くしたルゥフェン目がけて、俺は棍棒を振り上げる。


「剛よく柔を断つ、ってな。憶えとけ」


 棍棒はルゥフェンの脳天に吸い込まれた。





     ▽





 トントンカンカン。


 後々になって思えば、あの一撃はよく考えられていた。

 あれだけ速いと多少槍の精度が落ちそうなものだが、奴の実力なら胴体目がけて打てば大体当たる。なんたって俺の自慢の腹はデカいしな。


 トントンカンカン


 一撃入れて、仮にカウンターを狙われても、あれだけ柄が長いと攻撃が届かない。俺は無理やり引っ張ったから届いたが、誰でもできる芸当ではないな。


 トントンカンカン。


「ま、相手が悪かったな。どんまい」

「うるせぇ! 慰めのつもりかこの豚! とっとと次の板をよこせ!」


 耳にキンキン来る声だなこいつ。

 勝負から一晩明けて朝になり、約束通り、大穴開けてくれた壁の修理を手伝わせていた。

 そこそこの岩くらいだったら砕く勢いで殴ったのだが、あの後数分気絶するだけで回復したようだ。

 獣人の体力が凄まじいのか、こいつだけが異常なのか。とにかくさっさと起き上がって、不満そうな表情を浮かべながら渋々と負けを認めた。


「くっ殺せ」

「うるせえ壁直せコラ」


 なんてお決まりのやり取りがあったものの、威勢のいい口以外は至って大人しいものだった。襲いかかってきたり、再戦を申し出てきたり、そういったことはない。

 獣人は縄張り意識が強く、コミュニティの中で優劣をつけながら社会性を保ってきた種族だ。勝った負けたは人よりも重要視している。

 こいつもまた例外ではないようだ。


「そういやてめえなんで喋ってんだ、オークのくせに。キショ」

「お前は槍より言葉のほうが鋭いな。友達いねえだろ」

「はんっ、オークに言われたかねえよ。てめえだって一人じゃねえか。大人しくしてりゃあ、討伐されたオークどもが大勢いるあの世に送ってやったのに。きっと楽しいだろうぜ」

「……いや、やめとこう。あの世で二度死ぬのはごめんだ」

「あ?」

「それに、俺には友人がいる」


 トンカチで板をトンカン打ちながら、ルゥフェンはカカカッと喉を鳴らして嗤う。


「おいおい聞き間違いかよ。オークに友人? 冗談はお喋りだけにしろよ」

「お前なあ、いい加減泣くぞ」


 そうこう言っている内に約束の時間だ。

 草を踏む音がすぐ近くから聞こえてくる。見れば人間の若い男が一人、大ぶりの剣を担いで近づいてくる。

 長く伸ばした髪は朝の光を吸収し、見事な黄金の色をしていた。


「誰だてめえ」


 ルゥフェンが瞬時に正面へ回り込む。

 男は立ち止まり、胡乱とした目で狼の獣人を見下ろした。


「まさかこの豚の討伐に来たのか。言っとくがコイツを殺すのはオレだ。要件次第じゃ殺すぞ、コラ」

「お前まだ諦めてなかったんかい」

「ったりめえだ。今すぐは無理だが、いつか仕留める」


 そんなこと本人の前で言うな。

 あー、ちっと落ち着けルゥフェン。俺は男を庇うようにして二人の間に立つ。


「さっき言った俺の友人だ」

「あ? じゃコイツが」


 ルゥフェンが男を指さす。


 そう、こいつが俺の友人。

 黄金の髪の人、エルドラドだ。


_________________________


その威嚇は留まるところを知らない全方位攻撃。

疲弊していくオルクスに明日はあるのか。


次回『西の聖剣』

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