第2話 獣人戦士ルゥフェン・シー

 オークは愚鈍だ。

 実際の話、俺もまさにそう思う。


 愚鈍なんてまだ生易しい言い方で、より的確に言うなら能無し。そして愚図でノロマ。

 一度単独行動すると自分の巣を見失って二度と群れに帰れないし、目に写ったものはなんでも食べられると思い込んでるし、縄張りに近づいた人間を追いかけている内に一体自分が何を追いかけているのかわからなくなるし、とにかくこの世のものとは思えない気の狂い方をしている。


 ただひとつだけ長所を挙げるとしたら、それは怪力だろう。

 オークのでかい図体は、過密な筋繊維の束で構成されている。皮膚が岩のように固いことで知られているが、皮膚の内側のほうが遥かに堅固なのだ。

 また、溜め込んだ脂肪は体内でオイルのような役割をしており、固いだけではなく柔軟性もある。


 フィジカルだけなら獣人にだって負けていない。加えて俺は知能も人並み。これは最悪襲われてもワンチャンイケるんじゃないか? とよく仲間のオーク連中にイジメられながら考えていた。


 閑話休題。


「豚のくせによく動くじゃねえか、豚野郎!」


 薄皮一枚で、槍の穂先が肩口を通り過ぎる。

 ちょこまかと動きながら細かく当ててくるのがうざったいが、デカい奴相手には有効な作戦だろう。

 おかげでうざったくてしょうがない。


「やだねえ、こんなイカしたオークを捕まえて豚豚ってよ」


 それにしてもコイツの突き、一秒に六発くらい飛んでくるんだが。おかしくないか、物理法則どうなってんだ。


「チッ、てめえ固すぎだろ」


 おっと、小休止か。

 獣人は大きく跳躍して俺から離れる。

 ま、どん詰まりだったし、いい判断か。


 奴は守りに入った俺に攻撃が通せない。俺は小せえ上にすばしっこい的に攻撃が当てられない。

 いまの状態なら平行線だろう。

 だけどたぶん、こいつはまだ本気を出していない。たぶんまだまだ速くなる。


「そんな長ぇ得物を振り回しながら、よくここまで動けるもんだ」


 あの身体能力には流石の一言だ。フィジカルにおいて人間を遥かに凌駕する獣人なだけある。

 後ろを確認すれば、我が家からずいぶん遠くまで来たもんだが、ここからでも壁に開けられた大穴が見える。


「なあ、俺とお前じゃ決着つかねえんじゃないか?」

「つくだろ。オレの勝ちで」


 あらまあ、威勢のいいこと。


「ところでお前、なんで俺を殺そうとする? まさかギルドの依頼じゃねえよな」

「依頼は受けてねえ。ギルドの連中が達成する前に横からかっ攫うのさ」

「何の為に?」

「昼間、てめえが人間どもを簡単にあしらってるところを見た」


 え、うそ。見られてたのか。まったく気がつかなかった。


「あれじゃあ駄目だ。この先この森で、てめえを仕留められる人間なんて来やしない。てめえはネームドだ、街じゃそれなりに噂になってる。人間に仕留めきれねえネームドモンスターを仕留めりゃ、オレの名前に箔が付く」


 なるほど、そういうわけね。

 こいつが言動通り横暴で自己チューな奴だってことはよくわかった。

 そんな自分勝手な理由で殺されて堪るもんかい。知らない間に名が知れるってのも、ゾッとしねえな。


「ほとほと迷惑な話だ」

「構えろ豚。てめえはオレが戦った中で一番強えから、久しぶりに本気で戦ってやる」


 ああ、間違いなく本気だな。

 本気で俺を殺そうとしている。

 腰抜けの人間たちとは違う。俺の力にビビって膝を折ったりせず、むしろ望むところだと向かってくる。

 いいね、そういうの。

 それがちょっとだけ新鮮で、この時間がほんの少し楽しかったから。

 俺も本気で応えようと思った。


「そういえばまだ名乗ってなかった。俺はオークのオルクス。よろしくな」

「オレの名はルゥフェン・シー! 火の如く雷の如く、狼王のようにてめえを殺す!」


________________________________


 ようやく訪れた平穏の時間に、ルゥフェンは大人しくできるのか!


 次回『黄金の髪の人』

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