2 名なしの島
名なしの島①
日本人の多くがヨットの単語から
一部上場企業の社長を務める父親に買ってもらったそうだ。去年の春雄の誕生日に。すごい家庭だ。広々とした複数のキャビンと屋根付きのフライブリッジを備えた船だった。
二〇二九年、七月二十八日、土曜日。十五時四十分。
ところどころ雲は出ていたが、空は晴れている。
「春雄先輩。名なしの島が
フライブリッジ前方の
「ああ……そうだな。二、三十分ってところかな」
そでをまくった白いYシャツに、ゆったりめのハーフパンツ。靴はサンダルの春雄が「つうか、すみれと慎吾はどこ行ったんだよ?」と訊きながら、彩にちらとふり返った。
「寝室!」強めに吹いた風の音に負けじと彩は声を張る。「お昼寝、どっちも!」
昨日は予定どおり九十九里浜に近い春雄の別荘に前泊した。で、飲みすぎた。春雄は船の操縦があるのでビール一本でやめたが、元カップルのふたりは交際していたときの話に花が咲きまくって
「昼寝とか嘘だろ。んなもん、楽しいことしてるに決まってんだよ。うらやましいなぁ」
横揺れを
「してませんよ」彩は春雄の見解に
すみれと慎吾は関係がマンネリ化して別れた。元カノのほうはそのことを
「それよりも!」風が強い。「島がなかったら引き返しましょう! 台風、心配!」
日本の
「大丈夫っ! 島で一泊することになっても、明日の夕方には別荘に戻れるって!」
春雄は楽観主義者だが、彩は全然そうではない。「夕方は、ぎりぎりすぎます!」
「別荘から車で都内に戻っても間に合うって! やばそうなら別荘にもう一泊すりゃいいよ。それに今回の台風、そろそろ
「温帯低気圧に変わっても、すぐに弱まるとはかぎらないそうですよ」
「この船は速いんだよねぇ。本気出せば、すぐに帰れるから」
本気を出すことなく、適当にクルージングして引き返せるならそれが一番だと思う。一度は付き合うと決めた無人島行きだが、台風が直撃するとわかって彩は
ついてはきたが、島なんぞなくていい。台風に巻きこまれる前にさっさと帰りたいとひそかに願いつづけていたら、「あっ」とおもわず声が出た。絶対に見つけたくなかった島が、彩の
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