熊田彩②

「そんなの信じてるんですか?」

 彩はあきれた。「地図に載ってなくて、名前までないなら、ないんですよ」


「味気ないこと言うなよ。地図に載ってない名なしの島とかロマン爆発だろ。なんもなかったとしてもクルージングを楽しめるじゃん。あ、そうだ。じゅうはまの近くに、うちのべっそうがあるんだよ。せっかくだからぜんぱくするか? 島がなくても夏の思い出になる」


 別荘のきんぼうには春雄のしんせきが経営するマリーナもあると言う。本当になしの金持ちなのだ、親族そろって。前泊するついでに、そこに春雄の船をあずけておく。そのほうが東京から名なしの島に向かうよりも時短になるそうだ。「よし、決めた」と春雄が宣言する。勝手に決めるなと彩は思ったが、春雄は言いだしたら聞かない性格だ。


「おれは……行ってあげてもいいかな」と、最初に参加を表明したのが稲葉慎吾だった。


 慎吾は一九四センチの巨漢で、筋トレが趣味のマッチョ。坊主頭、タンクトップ、ハーフパンツ、ビーチサンダルの組み合わせのせいでこわもてのチャラ男に見えるが、意外とおとなしい性格だった。押しにも弱い、かなり。


「ほな、わたしも」次に参加を表明したのが、山川すみれ。「慎吾が行くんやったら」


 すみれは金髪に染めたボブカットのさきをいじっている。

 小柄でぽっちゃり、肌は日焼けサロンで焼いているすみれは、四人のなかで唯一の関西出身者だ。親の仕事の都合で高校卒業まで関西地方を転々としていた。だから関西弁も各地方のミックスらしい。サッカーの話題で結びついた四人だが、彩、春雄、慎吾の三人はただのファン。すみれだけが唯一の本格的なサッカー経験者だった。


 そんなすみれは、慎吾と同じ格好をしている。タンクトップにハーフパンツ、足もとはビーチサンダル。の慎吾に合わせたのではない。慎吾のほうが交際中に彼女のふくそうの趣味に影響されたと言っていた。


「よっしゃ、これで二名かくな。おまえはどうすんだよ?」と春雄に訊かれた彩は、細かなすいてきが浮かぶ瓶ビールに手をのばしてグラスにつぎ足した。


「無人島で遊んだあとは、本当にどこにでも連れていってくれるんですか? 八月か九月に、みんなで海外サッカーをスタジアムで観戦したいって言ったら?」


「超いい、最高じゃん。いいパス送ってくるね。どの試合にする? ねえ、どの試合?」


 げんは取った。本当にいいの? と訊いて多少は遠慮がちなところを見せようとしたが、「何試合観る? 何試合も観るよな?」と春雄がすっかり乗り気なのでやめた。


「観る、観る」と慎吾とすみれが同時に答えたので、彩はおもわず微笑んだ。春雄もだ。

「おい、ハモるなよ、別れてるくせに。いまでも息ぴったりのツートップだな」

 いじった春雄がひざを乗りだして元カップルとハイタッチ。彩もノリでハイタッチに加わると、「交渉成立ですね」と笑って告げた。


「ああ、これで全員参加な。地図には載ってねえ名なしの島で楽しくキャンプだ!」

 ごうかいに笑った春雄がグラスをかかげた。「しゅくはい、祝杯。無人島行きと、その後の欧州サッカー観戦旅行を祝してぇぇぇぇぇ、あらためてッ、乾杯!」

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