第一章 熊田彩と名なしの島
1 熊田彩
熊田彩①
顔も超美人だ、寝不足だったとしても。人前では絶対に口にしないが、まぎれもない事実。寝不足なのも事実だった。昨日の夜、寝つきの悪さを解消するために読みはじめた分厚い推理小説が面白すぎたのがいけない。昼すぎまでかかって
「長かったな。大きいほうか?」
最低……。そこそこ広い
「
思ったことをすぐ口にする春雄は、彩と同じ学部で同じ学科の三年生。しかし留年をくり返しており、いま二十四歳だ。学年は同じでも先輩。春雄が
そのボンボンの第一印象は、短めの黒髪、中背、あとは――ふくよかなタヌキだった。タヌキ、これはほめている。彩は動物が大好き。タヌキの
もちろん、春雄に特別な感情を抱いたことなどない。
学生時代にイングランドに留学していた父の影響で彩もプレミアリーグが大好き。当時は大学に友だちがひとりもいなかったから、つい口をはさんでしまった直後、彩のとなりにいた女子学生の
今日もそう。二〇二九年、七月二十五日、水曜日。春雄がまたなにか思いついたらしい。
「本日をもちまして全員が前期試験を終えました。今日から夏休みだ。めでたいねぇ!」
「で、ここからが本題な。実はさ、おれの船で行ける距離に無人島があるんだよ。たまには都会を離れて天然のビーチでのんびりしたくね? 無人島でキャンプ。どう?」
どう、と言われても。乾杯のあと、彩は梅干しを
「え、なにその反応? 彩ちゃんってば。彩は
ひとり暮らしだからって暇とはかぎらない。彩だけでなく他の
「ひとり暮らしだとお
春雄が持ち前の押しの強さを見せてくる。「さっそく今週末、どう? 一泊二日」
今週末とか、さっそくすぎるだろ、と思いつつ
「え、定番の観光地がお望みなら連れていくけど。
春雄のドヤ顔がちょっとムカつく。「余裕だよ。金持ちをなめるな。でもさ、まずは無人島で遊びたいんだよ。動画でそういうの
春雄は
「いいや」
春雄は首を横にふる。「地図に載ってねえ無人島があるんだよ。ネットの噂によると」
「ネットの噂……」彩の眉がピクピクする。島には名前すらないと言う。「ネットの?」
「そう! ネットだとな、たしか〈名なしの島〉って呼んでるやつがいたな。千葉の房総半島。あそこからもっと南東に下っていった太平洋沖にあるんだってさ、名なしの島が」
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