名なしの島②

「あったぞ、おい!」ふり向いた春雄のしたり顔がうざい。「大発見だな、おい!」


 おいおい、うるさい。彩はため息が出る。「なんだか……ホールケーキみたいですね」


 島の形状は遠くからだと、本当にそんなふうに見えた。緑と茶色と黄色じみた白で色づけされたホールケーキに。あちこちを少しずつ切り取られ、ちょっとだけつぶれたホールケーキだと思いつつ、「あのはまに……船を止めるんですか?」と彩は訊いた。


 白にうっすらとおういろが混じったような色合いの砂浜が見えている。その砂浜の奥には巨大な森も見えていた。島の大部分に深緑色の傘を差しているかのような形の大きな森が。


「いや、あそこじゃないんだよね。ネットによるとさ、なんか、あの砂浜を右に回ったあたりに、別の海岸がおえするらしいんだわ」

 春雄がコクピットのけいるいに目を向ける。「そこに長いさんばしがあるんだってよ」


「無人島なのに……桟橋?」

「昔は島の近くでぎょせんそうぎょうしてたらしいのよ。それでまあ、海がれたときとか、そういう緊急時になんするための桟橋を造ったとかどうとか、ネットには書いてあったな」


 しばらくすると、その島がもう目の前だ。えんぼうしていたときは形のくずれたホールケーキめいていた島が、近づくたびに立体的なはくりょくびてくる。


 ごつごつと険しく切り立ったがんぺき沿い、ていそくでヨットが移動していくと、四分後には本当に別の砂浜が現れた。海はきとおっていてゴミひとつ見当たらない。まるでリゾート地の海だ。首都圏から船で行ける場所に、こんな素敵な海岸があっただなんて……。


「やっべぇ、感動するわ。観光地にできそうだよな。なんでそうしてないんだろ?」

 眉を寄せながら春雄がくちぶえを吹いた。「東京から、そんな遠くないのに」


「……ほんとに」とあいづちを打った彩は、フライブリッジのへりから桟橋を見下ろしてみた。


 春雄のヨットよりも長い桟橋は、いかにも古そうだ。砂浜から海に突き出た橋の大半が木製で、がんじょうそうには見えないけれど、ひとたびけいりゅうされると船は揺れ動かなかった。


 ネットの情報が仮に真実だとしよう。昔はこの近くで漁船が操業していた。桟橋まである。それなのに、地図にすら載っていないのはなぜ? 疑問に首をかしげつつ彩がしんちょうな足取りで桟橋へと降り立つと、寝ぼけ眼のすみれも船の外に出てきた。五分後には慎吾もあくびをしながらヨット最後部のアフトデッキまで降りてくる。


「海は綺麗だし、意外と悪くねえだろ、無人島もさ。来てよかったじゃん。な?」

 とくがおの春雄もゆうぜんとした足取りでアフトデッキまで降りてきた。


 十六時十四分。


 腕時計から目を離した彩は、反対の手をかざして空をあおぎ見た。まだ青くてが高い。台風が関東に上陸したら暴風域にこの島も引っかかるから明日は大雨だろうけど、いまはまだ雲が少し出ているだけだ。とても大雨になるとは思えない綺麗な空模様だった。

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