契約②

「上には上がいる。断ってくれてもいいんですよ。命あってのものだねですから」


「断れない額のオファーを出しておいてよくも言う」

 ポーカーフェイスでルナは嘆息した。相手のことも、その相手がどんなにうさん臭くても結局は金にくっした自分たち組織のこともけいべつしつつ、「契約は契約。はしません。それが上の決定でもある」とかおいろひとつ変えずにつけ足した。


「では、契約をじゅんしゅすべきだ。先ほど正式に成立したばかりの契約をね。こちらの正体は秘密のままでよいという契約のはず」

「そんなに秘密にしたいのなら、試験会場は雀矢とは無関係の場所でやるべきだった」

「大尉さんの意見にはいちあるかもしれないが、秘密を大事にするからこそ場所も人も限定される。雀矢の社員は口がかたい。うでぷしの強さを確認するのにうってつけの施設もある。日本国内だと、ここが最適だった」

「そんな場所を使える人間はかぎられている」

とっけんは金でも買えますよ。ここを試験会場にできたのは、雀矢とその背後に控える組織とはまったく無関係の者、もしくは企業がさつたばを積んだ結果かも」

「そのへんの人や企業が戦闘型ムニノンの適合者を試験官にはできないと思う」


 すずしい顔でべんろうするアダムに、ルナは反論しつづけた。

 そしたら、「ムニノンはアメリカで発見され、公表もされていないが、完全なる非公開は不可能だ」と、向こうも


「一般人は知らなくても、ある種の業界人にとっては常識。そんな話はごまんとあります。それに、技術は流出するものでしょ。ムニノンもまたしかり。米軍と、その関係組織の外にも、戦闘型ムニノンの適合者はいる。米軍の極秘機関から独立したインセクト・ケージ所属の大尉さんなら、よくよくご存じのはずだ。そんな大尉さんの実力を試そうと思ったら、戦闘型ムニノンの適合者をぶつけないとね。テストになりません」


 ああ言えばこう言う男。へきえきしたルナは「わかりました。とにかく契約したからにはめてみせます。相手がバケモノであれ」と宣言して話を切りあげた。


せいがよくて結構。話は終わったようですね。きゃくじんがお帰りだ」


 アダムの呼びかけに反応して出入り口の扉がひらかれていく。部下ふたりにくばせし、ルナが歩きはじめると、「お見送りします」と言ってアダムもついてきた。


「本日はご苦労さまでした、本当にね。――ところでみなさん、日本には慣れましたか?」

「ヤード・ポンド法を忘れるくらいには」


 もちろんこれは冗談だが、あながち嘘でもない。ルナたちは世界中で任務をこなすうえだ。メートル法を違和感なく使えたほうが便利な国もある。日本たいざいちゅうはあえてヤード・ポンド法では考えないと決めていた。癖づけとはんぷくが大事。


 くすりと笑ったアダムが先頭に立ち、受付以外は無人の一階ロビーを通りぬけていく。

 外に出ると、いつのまにか強めの雨が降っていた。ルナたちが乗ってきた大型SUVは駐車場のすみに止めてある。広々とした駐車場だが、車は数えるほどしか見当たらない。


「あ――そうそう。そうだいは、全額こちらで負担いたしますね」

 アダムはかさも差さずにSUVが止めてある場所までついてきた。「あの島のバケモノたちは本当に強いですから。葬儀の費用も、きっちりこちらで持ちますよ」


 ルナたちが死ぬと決めつけている物言いに聞こえた。けいはくな調子だったからべつてきかんもひとしおだ。こらえきれずに「あ?」と言ったのは、リカルドかドラガンか。両方かもしれない。しきばんだ部下ふたりが突っかかりそうになるのを、ルナは手で制した。


 なめくさった男だが、ばくだいな前金を支払ってくれた依頼主の代理人だ。まさかなぐるわけにもいかず、しぶるリカルドとドラガンを先にじょうしゃさせると、「ゆうです。死にませんから」とルナは淡々と応じた。


「なら、よかった」と言い残して、アダムは立ち去っていく。雨にぬれてどこかさびしげなその背中をにらみつけながら、ルナも後部座席に乗りこんだ。

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