2 契約

契約①

 なにかあれば即座に戦闘態勢に移行する。ずっとそのつもりでたいしていた部下たちのさっをひしひしと背中に感じ取りながら「……うかがいたい」とルナは口をひらいた。


「あなた方の狙いは大統領ですか、それとも首相? あれはそういう額だった」


えんりょな質問をなさるんですね」

 くのは自由だが答える義務はない。そう言わんばかりのアダムのいけ好かない笑顔が返ってきた。


「大尉ならかんのはずだ。れいと常識をわきまえてもらいたいところだが」


「インセクト・ケージは実力主義のせいぐんです。常識など持ち合わせていません」

 目には目を、歯には歯を。ルナも取りすました態度で応じてやった。「強ければ、子どもであってもかんにまでなら昇進可能な非常識な組織です。かん以上となると、また別の話ですがね。とにかく正規軍の大尉とはちがう。無礼は大目に見てほしい」


「わたしは交渉相手だ」

「その交渉相手のじょうが知りたい」


 加野アダムだけではない。この男のやとぬしの素性も知りたいむねを告げてから、「殿でんは雀矢の社員ですか? 社員だから、ここを試験会場にできる?」とルナが問うた。


 雀矢セキュア・ソリューションズは、こくせきじんいんを多数抱える総合警備会社だ。


「それとも、親会社のほう?」


 雀矢セキュア・ソリューションズの親会社は、アメリカのジャックアンドスパロー社。同社は世界最大規模の民間軍事会社だが、それはかくみので、じったいは米軍の極秘機関だった。


「ある程度は身元を明かすのも礼儀のうち。そうは思いませんか、加野さん?」


 かつてその極秘機関のいちしょだったのが虫カゴインセクト・ケージだ。インセクト・ケージはすでにジャック&スパロー社ないしは米軍からも独立している。インセクト・ケージうちの上層部いわく、ふるとの関係はビジネス面をのぞいて、完全にぶっつりと切れているらしい。本当だろうか? 


「わたしは雀矢の社員かもしれないし、そうではないかもしれない。どう思おうがそちらの自由だが、わたしとわたしの雇い主の素性など今回の契約とはなんの関係もない」


「秘密が多いと、べんと変わりませんね。加野さんのない態度で確信できます」

 ルナは口もとだけで笑った。「われわれの古巣が関わっていると。大いに」


 インセクト・ケージの連絡先を知っている。なおかつ依頼までしてくる。試験官に戦闘型ムニノンの適合者まではいしてきた。そんな相手がまともなわけがない。古巣の米軍極秘機関なんてのは、その最有力候補だ。


「よけいなせんさくはしない約束だが? まっさつたいしょうもすでにお伝えした」


 ルナのほおがぴくりとどうした。うしろにふり向く。部下たちも似たような反応だ。


退たい……」

 ドラガンがりゅうちょうな日本語でわらった。「未だに信じられませんよ」


 部下ふたりも日本語ができる。インセクト・ケージのげんしゅうとくプログラムは、記憶子ムニノンを用いたしんせいげん――ゼノグロシーだからだ。まったく知らない言語であれ、ネイティブと同じようにあつかえる。それが真性異言ゼノグロシー


「信じてくれないと困りますね。に大勢殺されているんだから。なしのしまのバケモノに。ちょうじゃない。嘘や冗談で、あの額の前金ははらえません」


 たしかにまえはよかった。バケモノ退治に成功したら、その前金と同額を追加ではらってくれるそうだ。そんな約束もしてくれたアダムは、「あなた方の実力はがみつきだが、バケモノに勝てるかどうかは別の話だ」と薄く笑って、大げさに両手を広げてみせた。

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