ルナ・シルヴァー③

「〝ムニノンのひかり〟か……!」


 うっすら光ったままのルナが左手一本で鉄骨をつかんで力ずくでもぎ取ると、戦闘服の男はのけぞりながらも日本語でかんたんの声をもらした。


「そのとおりだ。これを確認したかったんだろう、テストなんだから」

 力任せに両手でねじ切った鉄骨を投げ捨てる。ルナは全身に力をこめ、さらに光をほうしゅつしてやった。


「……ああ、もういい。おれの負けだ。こちとらムニノンの光までは使えないんでね。家のローンもまだ残ってる。死ねないよ」

 早口になってこうさんを宣言した男が、ゆっくりとヘルメットを外した。現れた顔は四十がらみで東アジア系、事前にえつらんした資料によると日本人だそうだ。


「ムニノン……か」

 つづけてかんがいぶかげにつぶやいた男の表情は、ぞんがいさっぱりとしている。「月の色。それが、ルナ・シルヴァーたいたましいの色なんだな」


 そういう言い方もできるだろう。

 ムニノンは漢字だとおくと書く。記憶に関するりゅうだからだ。

 一定量をえたムニノンのれいたいだの魂だのと呼ばれているしろもので、男が言ったようにオバケの正体だった。ゆうれいを目撃した場合、それが本物なら確実にムニノンのぎょうしゅうだ。


 ムニノンは二十年ほど前にアメリカで発見された。それ以来、研究とかいめいが進められてきたが、わかったことよりも、わかっていないことのほうが多い。そんな物質だった。むろん公表などされておらず、適合すれば人をちょうじんできる戦闘型ムニノンが誕生して軍事利用可能だと判明してからは、一般公開する気などさらさらなさそうだった。


記憶子ムニノンじんで異なる。だろ? たとえば、生まれつき色がさ。感動したね。はじめてなまで見たんだから」


 いささか正確性を欠くはつげんだなとルナは思った。

 たしかにムニノンは人によって異なる。そのためDNAのように個人のしきべつにも使えるが、がんらいだ。透明がデフォルト。ただしとくていの条件下でのみされ、たとえばそれが幽霊だったりする。


「最初から色がついていて、さらには個々人で色が異なり、可視化もされうるのは、そうりょうないしはのう、またはその両方が一定水準以上に達したムニノンのみです。幽霊しかり、戦闘型ムニノンしかり。一定量を超えた戦闘型ムニノンを、われわれはムニノンの光と呼んでいます」

 大ざっぱにではあるがていせいしておく。「もっとも現在においては、一定水準以上に達していないムニノンであっても、ムニノンを自由にちゃくしょくできる技術が確立されてはいますがね」


 この日本人の男は戦闘型ムニノンに適合はしたものの、そうなってからまだ日があさいのだろう。「……ああ、そういやこの前、そんな説明もされたかな」と苦笑していた。


「大尉さんのムニノンの光は綺麗だったよ」

 男は苦笑ではない笑みを浮かべ、片手を差しだしてきた。

「不気味と言われることのほうが多いですよ」

 ルナも笑顔であくしゅに応じると、近くでドアがひらく音がした。地下フロアには大小様々な複数のドアが設けられている。ひらいたのは両開きの分厚い自動ドアだ。


「おみははいけんした。圧倒的でしたね」

 声と足音が聞こえてくる。「さすがは虫カゴインセクト・ケージのルナ・シルヴァー大尉だ」

 べっしつでテストの様子をながめていたスーツの男がはくしゅしながら近づいてきた。


「三対三のていあんを断るだけはある。大尉がおっしゃったとおりだ。ひとりでことりた」

 そう言ってルナの前で立ち止まった男の名前は、アダム。父親がアメリカ人で、母親は日本人らしい。そう言っていたが、本当だろうか? それに関しては事実かもしれないが、加野アダムという名前はめいだろう。偽名は、お互い様だが。


「合格ですよ、大尉」と上から目線でのたまったアダムは、くろぶちのオーバル型メガネを外して鼻のをもんだ。

 やわらかそうないろの髪をゆるくうしろに流しているこの男の身長は、目測で一八〇センチ前後。年齢は二十代後半ぐらいか。

 美形だが、線が細い。しゃべり方にも笑顔にも余裕がありすぎて、かえって鼻につく男。というアダムの印象は、ビデオ通話ではじめて会話したときとさして変わらなかった。職業柄、ルナは相手のとくちょうしゅんに観察して記憶するくせをつけている。


 メガネをかけなおしたアダムは片手をふってルナと先ほどまで戦っていた戦闘員を下がらせた。気を失ったままの残り二名の戦闘員は、駆けつけたきゅうはんによってたんに乗せられ、医務室へと運ばれていく。メガネの奥の目を細め、その様子をれいぜんと見やりながら、アダムはようやく語を継いだ。

「これで正式に契約成立だ。まえきんはふりこんでおきます、正午までにね」


「おすうをおかけします」と形式的な礼を述べた直後に、また足音が聞こえてきた。アダムが出てきたのと同じ自動ドアから男がふたり現れて歩み寄ってくる。片方はぼうあたま、もう片方はかくりの男ふたりが。

 どちらもきんこつりゅうりゅうな一九〇センチ超えのきょかんで、似たような色合いのTシャツとジーンズを身につけ、使い古しのエンジニアブーツをはいている。両者ともにルナの部下だ。


 坊主頭がリカルド・ゴンザレスじゅんなんべい出身のさんへいで四十二歳。

 角刈りのほうがドラガン・リャイッチぐんそうとうおうけいの二十五歳。

 ふたりはけいかいする目つきでアダムの横を通りすぎると、ルナの背後に回って腕を組んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る