ルナ・シルヴァー②

 一秒経過、二秒経過。男は動かない。ヘルメットをはぎ取って生死を確認。息はある。脈も。ルナは周囲に目をせた。


 あとひとり。


 その残りひとりも男だった。あんそうつきの軍用ヘルメットをかぶり、迷彩柄の戦闘服を着ているが、ルナが先に倒したふたりとは異なり、ハイテクのパワードスーツは着用していない。「けんかん」を名乗った三人のなかで唯一のだからだ。


 電動式外骨格パワードスーツを装備すれば身体能力はおおはばに向上する。だがそれは、ふつうの人間が身につけたらの話だった。

 戦闘型ムニノンの適合者には必要ない。パワードスーツを装備したぶんだけ重量が増してびんしょうせいとスピードが落ちる。よって、ようちょうぶつ


 ルナは適合者の男がいたはずの場所に目を向けた。もくそくで五十メートルほど先、こうしつな地面にじゃきつめた場所でぼうかんしていた男は……いなくなっている。


 別の場所に視線をてんじていく――みがきぬかれた床、ざっそうが生い茂った一角、ひょうそうざいがアスファルトこんごうぶつのエリアへと。どこにもいない。床に統一感がないのは、あらゆる状況下での戦闘を想定してつくられたフロアだからだろう。


 ほしぼしのごとく天井でほのかにきらめく複数のてんは、ぎりぎりまでこうしぼりこんだ照明の光だった。せんを想定しているらしい。

 それら照明の光をあわく受け止め、うすやみにぼんやりと浮かびあがるこうはんのキャットウォークが、床から五メートルの高さに位置している。床から十メートルの場所にも同じくキャットウォークがあった。ふたつのキャットウォークが広い室内をぐるりと一周している。


 ここはじゃくセキュア・ソリューションズの社員と関係者のみが使用できるもくてきアリーナだ。地上四階・地下一階建ての多目的アリーナ。

 ルナが案内されたフロアは地上一階にある。同フロアには高さ一メートル、横幅二メートル、厚さ三十センチのコンクリートがしょうがいぶつとしてドミノ倒しのはいのごとくあちこちに配置されていた。こうざいの厚さが六ミリから十二ミリ、柱の太さが十センチかくから最大で三十センチ角の物まで、サイズの異なる複数のじゅうりょうてっこつもそこかしこに積んである。


 ヒュッと風を切る音がそのとき聞こえた。聞こえたせつに鉄骨が一本飛んでくる。ルナから見て十一時の方向から。目測で七十メートルほど先に男の姿を確認。ルナは鉄骨を右手の手のひらで受け止めると、ごうそっきゅうよろしく投げ返した。


 障害物にげきとつした鉄骨が折れ曲がる。障害物のコンクリートはくだけたが、戦闘服の男は鉄骨がしょうとつするすんぜんにジャンプしていた。

 床から高さ五メートルの位置に設置されているキャットウォークに男が着地する。ルナも男を追い、七十メートルの距離をわずか三秒で走りぬけてびあがると、工事現場のあしを思わせるキャットウォークに足をつけた。


 戦闘服の男がボクサーのように構える。ルナもそうした直後に拳と拳がぶつかった。

 衝撃でキャットウォークがかすかに揺れる。つづけて放ったルナのまえりをかわした男は、ひょいと手すりに跳び乗るや、猫を思わせるしゅんびんな動作で床へと降りていく。


 ルナも手すりを蹴って五メートル下の床へと飛び降りた。首を左右にふる。男の姿は確認できない。あっというまに、どこへ消えた?


 さいさんさい、ルナが細かく首を左右にふったとき、障害物のかげから男が出てきた。両手に持った長くて大きな三十センチ角の鉄骨をふり下ろしてくる。


 ルナの全身がほのかに光ったのは、そのときだ。


 光は月の色に似ていた。銀色にうっすらと黄色が混じっているかのような淡い光が、ルナの肌からのように立ちのぼり、漂っている。衣服の外へともれ出た光はゆるやかにうずきながら、たちまちルナの全身にまとわりついた。

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