序章 ルナ・シルヴァーと奇妙な依頼

1 ルナ・シルヴァー

ルナ・シルヴァー①

 足もとの土が、ひどくやわらかい。あたりは夜のように薄暗かったが、完全な真っ暗闇ではなかった。ここは外ではなく、サッカーと野球を同時かいさいできそうなほどこうだいな地下フロアだ。


 、七月二十三日、月曜日。午前十一時七分。


 ルナ・シルヴァーがれいたんな表情でふり返ると、くっきょうな男がぬかるんだ地面へとたおれこんでいくところだった。

 事前に読まされた資料によると、男はルナと同じアメリカ人で、同い年の三十四歳。アングロサクソン系で、うわぜいはルナよりも三十センチ高い二メートル一センチ。したしんだヤード・ポンド法ではなく、メートル法で考えているのは、わざとだ。

 まあ、それはともかく、男がごりっなのはそのずうたいだけで、げんしてやったまわりひとつかいできないていたらくにはしんそこがっかりした。

 これではにならないだろう。


ためすと言った側が、この程度ではな」とひとりごちたルナは、英語ではなく日本語でこくひょうした。来日して以来、ずっと日本語を使っている。


 短距離ランナーめいた体つきのルナは、へいにしてはほそだが、戦闘型ムニノンのてきごうしゃだ。相手の男はそうではない。

 適合者のルナに手も足も出なかったのは当然と言えば当然だろうが、男はめいさいがらせんとうふくの上にでんどうしきがいこっかくパワードスーツを装備している。いま少しごたえがあってもよかった。こつなデザインのハイテク装備でのぞんできた相手に対し、ルナはTシャツにジーンズにどろまみれのワークブーツという、散歩に出かけるときと大差ないかっこうなのだから。


 そんなふうにルナをひょうけさせた男が倒れこんだ場所は、小さな水たまりだった。男のそばにかがみこんだルナの顔が、泥の混じった水面みなもに映りこんでいる。周りが暗いので色はわかりづらいが、ルナの瞳はブルー、肩まである髪は金髪だ。


 小さな水たまりとはいえ、鼻と口に水が入りこんだらできする。ガスマスクめいた形状のフルフェイス型ヘルメットをかぶっているから大丈夫だとは思うが、ねんにはねん。男を水たまりの外へと運んでヘルメットを外してやった。

 息を確認。回し蹴りがれいに決まったから意識が飛んだはずだが……だいじょう、生きている。


 あんしたルナの背後で、そのとき、そよと空気が揺れた。別の戦闘員に忍び寄られていたらしい。こいつも大男だ。二十六歳のにっけいアメリカ人だというこの男も、いかめしいデザインのパワードスーツをそうちゃくしていた。

 ラガーマンのような体型の大男が、ルナのこうとうねらいを定め、こぶしを打ちこんでくる。


 ルナは立ちあがりながら上半身をすばやく横に回転させ、やりのようにするどく落ちてくるパンチをよけた。その勢いを利用して相手のこめかみにきょうれつひじちをおいしてやる。

 たいしょうげきせいすぐれた軍用ヘルメットをかぶっていても、こめかみはきゅうしょのひとつだ。左足をじくにして、みぎはんしんみぎうでを回して発生させた運動量も衝撃力に変えて打ちこまれた回転肘打ちスピニングバックエルボーにより、男はあおけに倒れこんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る