フォールインインフェルノ
こうも暗いと、自分の姿は見えない。
オレがどんな姿をしているのか考えなくて済むから、これでいいんだ。
このまま静かに死ねたら、それでいい。
キサキは「あとで必ず見つける」と言っていたが、もう会えなくてもいいんじゃないかとも思っている。オレが彼女にしてきたことを考えれば、これを機に、彼女には全て忘れていただいたほうがいい。キサキにはキサキの人生があるのだから、こんな、こんな醜い生き物のために生きなくてもいい。あの子には幸せになってほしい。そう願っているのは、オレだけじゃなく、あの子のねえさんもそうだろう。ねえさんはキサキからオレを引き離そうとしていた。願ったり叶ったりじゃないか。オレにはできなかったぶん、ねえさんはキサキを陽の当たる道に進ませてくれるだろう。これ以上誰かを傷つけることなく、ひとりぼっちで、暗がりの中、オレはここで朽ちていけばいい。あの日から何日経ったかも、ここではわからない。一日も経っていないようにも、一週間過ぎてしまったようにも思える。どちらでもいい。時間の経過はどうだってよくて、キサキがそばにいないっていう現実が、ここにある。
だから!
キサキが、オレの居場所を探し当てられなかったとしても、……いやだ。
暗い。お腹が空いた。寂しい。話し相手がいない。悲しい。喋ろうとしても、出てくるのは獣の発する音だけ。つらい。元の姿に戻りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。帰りたい。
そばにいてほしい。オレをひとりにしないでほしい。誰かにいてほしい。その誰かがキサキであってほしい。彼女が他の人間といるところを想像すると怒りがこみ上げてくる。的外れな痛みだとも思う。オレは彼女を痛ぶっていたのに。
どうしてこんなに苦しいのだろう。
クズにふさわしい最期じゃないか。
答え合わせができた。「人の心がない」だとか「人でなし」だとか、よく言ったもので、まさしくオレは人ではなかった。オレの姿を見た人は、オレが人であっただなんて、想像もつかないだろう。人は自力で空を飛べない。足はなくなった。代わりに尻尾がある。この手ではキサキの頭を撫でることも、抱きしめることもできない。
異世界にいるオレの両親は、どんな気持ちでオレをこっちの世界に落としたんだろう。こっちの世界で、こんな姿になることもなく、人間として一生を終えてほしかったんだろうか。教えてほしい。こんなことになるのなら、キサキと出会う前に死んでしまえばよかった。そうすれば、彼女はオレと出会わずに済んだってのにな。顔も思い出せない。
やっぱり、キサキにはオレとの再会を諦めてもらって、ねえさんたちと、人間らしく、
「お待たせ」
聞き慣れた声が聞こえて、オレはまぶたを開けた。ようやく来てくれた。来てしまった。来なくてもいいと投げやりになっていても、みっともなく理由づけしていても、その瞬間を待ち望んでいたのもまた事実だった。小さな女の子が、怪談のように懐中電灯で自分の顔を下から照らしている。
「明日」
あの『ウランバナ島のデスゲーム』があって、キサキは命を落とした。オレのせいだ。オレが参加させたからこうなった。死なせてしまった。オレが参加させなければこうはならなかった。
その後、オレが『ヘルモラエヘロデル島のデスゲーム』に参加し、優勝して、超常的な力により『ウランバナ島のデスゲーム』そのものをなかったことにした。ナカハラは「ロールバック」とカッコつけたカタカナ六文字でその現象のことを呼んでいた。名称はどうでもいい。気付けばオレは『ウランバナ島のデスゲーム』の開催日に戻っていた。その日は大嵐で、大会は中止となる。
デスゲームが開催されなかったから、キサキは生き残り、やがてオレと結婚した。
この時に師匠から明日と呼び方が変わった。
オレとキサキとの結婚を、ねえさんは猛反対していた。オレがねえさんの立場なら反対すると思う。当然の反発にキサキは愛で押し通した。ねえさんは何度も説得を試みた。どれほど諭してもキサキの意思は固かった。罪悪感で永遠の愛を誓うような奴と妹が結ばれるなんて、まともな精神をしていたら絶対に認めないだろう。オレは罪を償いたかったのか、それとも、心の底からキサキを愛していたのかと問われたら、どちらでもある。ペットは最後まで面倒を見ないといけないっていうから。
「わたしを食べて」
めちゃくちゃなことを言い出した。
耳を疑う。
「その気になったらでいいよ」
この子はそういう子だった。そうだったな。すっかり人間ではなくなってしまって、人間であった頃の記憶もなくしてしまうところだった。
「……それまで、思い出話をするね」
腹の辺りにキサキが寄りかかる。スマホを取り出した。写真を見ているらしい。懐中電灯を持ってくるなんてキサキにしては準備がいいな。おそらくは誰かに借りたんだろう。この子はそこまで頭まわんないだろうから。借りパクする気でいるな。
「昇竜軒のオムライス! 誕生日だからって特別におばさんが作ってくれたやつ! これ美味しかったね!」
ああ。
ひとりぼっちになりたくないな。
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