第2話

「イヤー!」


 自分の部屋で本を読んでいると玄関の方からお母さんの悲鳴が聞こえた。

 私は本を放り出すと急いで玄関へと移動する。


「お母さん、どうしたの!」


 ドアを開けてお母さんに問いかける。見るとお母さんは玄関の前でしりもちをついていた。


「あ、ああ、優梨子。それが玄関の横に猫の死体が置かれてあって、驚いて腰を抜かしちゃったのよ」


 お母さんは青い顔をしながらそう言った。私は言われてドアの陰になっていたところを確認する。

 そこには首を切られ身体をズタズタに切り裂かれた猫の死体があった。


「ヒッ」


 恐怖のあまり、短く悲鳴を上げる。

 もしかして、これは連続殺人の犯人がやったものなんじゃないだろうか。イヤな考えが頭をよぎる。


「……お母さん、これって連続殺人の奴なんじゃ」


 お母さんは私の言葉を聞いてハッとしたような表情を浮かべる。


「……そうね。もしかしたら違うかもしれないけど、そうかもしれないわ。……警察に連絡しましょう」


 そう言うとお母さんは立ち上がり、スマホを取り出して警察へと連絡を始める。私は1人で部屋の中に戻る気にもなれず、お母さんの隣で警察との電話が終わるのをただ静かに待っていた。


「近くの警察署から刑事さんが来てくれるんですって。10分ほどかかるでしょうし、家の中で待ってましょう」


 電話を終えたお母さんが言う。家の外で見張っていなくてもいいのだろうかとも思ったが、正直近くにいたくなかったので素直に従うことにする。


「晩御飯はどうするの?」


「そうねぇ。……優梨子はもう食べたの?」


 お母さんからの質問に首を振って答える。


「そう。今から食べ始めてもたぶん途中で警察の人が来るでしょうし、悪いけど終わるまで待ってくれる?」


「わかった」


 私は頷くとお母さんと一緒に居間へと移動した。




 10分後、遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえはじめ、家の前まで来て止まった。パトカーが来るほど大事になったのかとお母さんと顔を見合わせていると家のインターホンが鳴った。

 モニタ越しに応対すると「警察の者です」と名乗りがあり、よくテレビであるように警察手帳を見せられた。警察手帳を見せられなくても後ろにパトカーが映っていたので疑いようもないのだけれど。


 外に出てみるとパトカーと別の大きな車の2台の車が止まっていた。

 私たちの対応は年配のスーツを着た刑事さんがしてくれるようだ。後ろでは鑑識の人だろうか、カメラを持って猫の死体やその周囲を入念に撮影していた。


 事情聴取では最初にお母さんが猫の死体を発見したときの状況が聞かれていた。でも、お母さんは普通に帰ってきて猫の死体を見つけただけだ。普段より少し帰りが遅かったことくらいしか変わったところはなかった。


「では、お嬢さんの方で何か気付いたことはありませんでしたか?」


 お母さんへの質問が終わると刑事さんは私にそう尋ねてきた。そこでふと夕飯の準備の時にインターホンが鳴らされたことを思い出した。


「そういえば、夕飯の準備をしているときにインターホンが鳴りました」


 私が思い出したことを告げると刑事さんとお母さんは驚いたような顔をした。


「ち、ちょっと、優梨子、それは本当なの?」


 特にお母さんは驚きが大きかったらしく、慌てたように聞き返してきた。


「う、うん。インターホンに誰も映っていなかったし、ドアスコープからも誰も見当たらなかったからイタズラだと思っていたんだけど」


「インターホンが鳴ったのが何時ごろだったか覚えていますか?」


 私がお母さんに答えると横から刑事さんが落ち着いた声で質問してきた。


「確か、18時50分ごろだったと思います。インターホンが鳴った時に時計を見たので」


「そうですか、ところでそれ以降でインターホンが鳴ったことはありますか?我々が来た以外で」


「いいえ、刑事さんたち以外には使われていないです」


 質問に答えると刑事さんは真面目な顔になってインターホンの方を示す。よく見ると赤黒い血痕のようなものが付いているのが見えた。


「ご覧のようにインターホンには血痕が付着しています。おそらく、猫の死体を遺棄した何者かがインターホンを鳴らしたのだと思われます」


 その言葉を聞いて私は血の気が引くような感覚を覚えた。隣のお母さんを見ると青い顔をしている。おそらく私も同じような顔になっているだろう。


「インターホンが鳴った時に外に出なかったのは良い判断だったと思います。このこと以外で何か気付いたことはありませんか?些細なことでも構いませんので」


 その言葉に私はスーパーからの帰りに人につけられているような気がしたことを話した。それを聞くとお母さんはさらに顔を青くする。


「でも、後ろを見ても誰もいなかったのでこれは気のせいかもしれないです。スーパーで事件のことを聞いて敏感になっていたというのもありますし」


 私は自信がなかったのでそう付け加える。


「そうですか。どちらにしても水瀬さんのお宅にこのようなイタズラがされている以上、お嬢さんも注意した方が良いでしょう。できれば夜道などでは1人にならない方が良い」


 刑事さんは私にそう注意を促すと他の刑事さんたちと一緒に帰っていった。




「帰り道に誰かにつけられていたかもしれないっていうのは本当なの?」


 刑事さんたちが帰った後、遅くなった夕食を食べながらお母さんが質問してくる。


「わからないよ。後ろには誰もいなかったし、事件の話を聞いたから不安になっていただけかもしれないし」


「そう。でも気をつけなさいよ。刑事さんも言っていたけど帰り道には注意するのよ。そうだ、防犯ブザーを持っていた方が良いんじゃない?」


「大丈夫だよ。さすがに小学生じゃあるまいし」


「駄目よ。防犯ブザーは小学生のためだけの物じゃないでしょう?女性の防犯にも使えるはずよ」


 その後もお母さんに反論してみたが、結局、防犯ブザーを明日の帰りに買ってくることを約束させられてしまった。




「はあ。なんでこんなことに……」


 お風呂に浸かりながら愚痴をこぼす。

 そもそも自分の周りでこんな事件が起きるなんで私のキャラじゃない。そういうのはもっと木下さんとかのように物語の主人公になれるような人の周りで起きるべきだ。


「結局、防犯ブザーも買いにいかないといけないし」


 そもそも防犯ブザーはどこに売っているのだろうか?コンビニ?いやコンビニではさすがに見たことがないような気がする。であれば家電量販店かホームセンターあたりだろうか?

 私は憂鬱になりながらも学校からの帰り道の風景を思い出す。だが、いつもの帰り道にはどちらもなさそうだ。どうやら明日は遠回りして帰らないといけないらしい。


 その後、私はお母さんから防犯ブザーの購入資金を回収し、眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る