雨
はぐれうさぎ
第1話
私は雨が嫌いだ。
窓の外の雨を眺めながら思う。
―――
「水瀬さん、これから一緒にカラオケに行かない?」
学校の教室でカバンに教科書を詰めて帰り支度をしているとクラスメイトの木下さんからそう声をかけられた。
「ごめんなさい。今日は家で夕飯の支度をしなくちゃいけなくて」
「あー、水瀬さんって家で料理する人なんだ。すごいね」
「うん、お母さんと2人暮らしだから、お母さんの帰りが遅くなるときは私がやってるの。ごめんね」
「いいよ、いいよ。また今度誘うから、その時はよろしくね」
木下さんはそう言うと教室の入り口のところで待っていた井上さんたちの方へ駆けていった。
木下さんはクラスのムードメーカーのような女の子だ。高校2年生になって今日で2週間。クラス替えのあったクラスに、周りのみんなは慣れ始めているみたいだ。
それに対して私は少し、というかかなり浮いて見えるのだろう。休み時間は机で本を読んでいることが多いし、昼休みも1人でお弁当を食べている。それで木下さんから声をかけられたんだと思う。
私、水瀬優梨子は特に目立つことのない女の子だと思っている。特別可愛いと言われるような容姿でもなければ、からかわれるようなブサイクというわけでもない。小学生のころから続けている黒髪のポニーテールが目印の普通の女の子だ。
教室の入り口から木下さんが手を振ってくるのを見ながら私も手を振りかえす。彼女たちがいなくなったのを確認して、私も帰り支度の続きに戻る。
今日はスーパーで野菜が安かったはずだ。なくなっていることはないと思うけど、できれば良い野菜を選びたい。
私は急いで帰り支度を済ませると学校を出てスーパーへと向かった。
家の近くのスーパーに入り、買い物かごを手に売り場を歩く。夕方時ということもあり、売り場には近所のおばさんたちがたくさんいる。
目当ての野菜売り場を歩き、安いものがないか探す。どうやら今日は白菜が安いようだ。少し季節はずれな気がするけれど、今日は涼しいし夕飯はお鍋にしようか。確か、冷蔵庫に大根が1/4ほど残っていたはずだし。
夕飯のメニューを決めると、白菜をかごに入れて他の足りない食材を探しに行く。にんじん、まいたけ、豚肉と鍋に入れる食材を次々とかごに追加する。
そういえば、お母さんから明日の朝食にするパンを買うように言われているんだった。売り場を回り、パン売り場に来たところで頼まれ事を思い出して食パンと菓子パンをかごに入れる。
ついでになくなりそうだった牛乳も買っておこう。
そう思い、飲み物の売り場に移動しようとしたときに周りのおばさんの会話が聞こえてきた。
「一昨日もまた女の子が殺されたんですってねー。怖いわねー」
「本当にねー。2人目でしょ。他にも近所で野良猫がたくさん殺されてるって言うじゃない。本当に警察は何をしているのかしら」
学校でも聞いた話だった。今日のホームルームの時に担任から連絡事項として登下校の際は注意するようにと言われたばかりだ。
テレビのニュースによると10日前に隣の市に住む大学生の女性が殺害され、一昨日には学校のある市と同じ市に住む別の高校に通う高校3年生の女の子が殺害されたそうだ。さらに、周辺では野良猫などの小動物の虐待や殺害が頻繁に発生しているらしい。
警察では女性2名が殺害された事件と小動物の虐待を行っているのが同一犯だとして捜査していると報道されていた。
私は高校と同じ町に住んでいる。つまり、2人目に殺害された女子高生と同じ市内に住んでいるということだ。
売り場の牛乳パックを取りながら、私は売り場から来る冷気とは違う種類の冷たさを感じた気がした。
スーパーから出ると空が暗くなり始めていた。遠くには夕焼けが見える。
下がった気温に肌寒さを感じ、制服の前を合わせて道を急ぐ。
今日はお母さんが遅くなると言っていたから、夕飯の支度はゆっくりで構わない。先に食べておいてもいいよと言っていたけど、できれば夕飯はお母さんと一緒に食べたい。
鍋であれば食材だけ用意して火にかければいいというところまでやっておけばいいだろう。そこまで用意したら読みかけの小説を読んでしまおう。
そんな風に家に帰ってからの予定を考えていると、後ろに人の気配を感じた。後ろから誰かが来たのだろう、そう思って道を譲るつもりで歩道の端に移動しつつ後ろを振り返る。
しかし、後ろには誰もいなかった。
気のせいかと思い、また道を歩き出す。家まではあと5分ほどだ。
しばらく歩くとまた後ろに人の気配を感じる。
けれど、後ろを振り返っても誰もいない。
歩いては後ろを振り返るということを何度も繰り返しているうちに私は走り出していた。
きっとスーパーであんな話を聞いてしまったせいだ。頭ではそうわかっているが、怖いものは怖い。
私はスーパーの袋を揺らしながら全力で走った。
住んでいるアパートの近くまで来ると街灯が道路を明るく照らし出していた。その光に安心して足を緩める。途中ですれ違ったサラリーマン風の人には変な奴だと思われたかもしれない。
「はあはあ」
家に入った後も呼吸は未だに荒いままだ。ドアに鍵をかけて荷物を床に下ろしたところで、そのまま玄関に座り込んでしまう。
普段運動をしていないせいで、数分の全力疾走でもう息が上がって立つことができない。
結局、そのまま数分間座り込むことになった。
家に帰って数分経ってから復活した私は服を着替えて夕飯の支度を始めていた。
台所に立って白菜を刻む。5センチ幅に切った白菜を皿に並べ、次は大根を刻み始める。大根を短冊切りにし、続いてにんじんも同じように短冊切りにして皿に並べる。
野菜の準備はこれで終わりだ。まいたけと豚肉は鍋を食べ始める時にパックから出せばいいので特に準備は必要ない。後はお鍋にダシの用意をすれば夕飯の支度は完了だ。
刻んだ野菜が盛られたお皿にラップをかけ、ダシの準備に移る。
そのタイミングでインターホンが鳴った。
コンロの火を消してインターホンのモニタを確認しに移動する。時計を見ると18時50分だった。
居間のモニタを確認してもモニタには誰も映っていなかった。
帰り道のことを思い出し、不安になりつつも玄関へ移動しドアスコープを覗く。
けれど、やはりドアスコープの小さな視界からも人影は見つからなかった。
「イタズラだったのかしら?」
不安から声に出して確認する。正直、帰り道のことといい、怖くてしかたない。でもお母さんが帰ってくるまでこの家には私だけだ。
「よしっ、ちゃっちゃと夕飯の準備を終わらしてしまおう」
不安を紛らわせるため、元気よく声を出す。
台所に戻った私は不安を感じつつも夕飯の準備を終わらせ、その後は自分の部屋に戻って読みかけの小説に没頭することになった。
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