第6話 特に意味 ないけれど 肉を焼くのだ 中
中年のオッサンの面影。
あっ、彼かと思い出す。
「おお、貴族君!」
「はい貴族でございます!」
ぺこぺこする姿を見て、モルフォが距離を貴族君から取る。
そして私の耳元で小声。
「ねえ、コー? この人、すごく偉そうだけど?」
「らしい。若い頃に会ったんだ、以来、飯を奢ったり奢られたり」
「出鱈目な漂流の仕方ね……」
そう言ってモルフォは貴族君をまじまじと見る。
「お、大きな妖精ですな」
貴族君の言い方で、僕は思わずモルフォを見た。
……実はデカい方じゃないかと疑ってたが、モルフォは大きいようである。
「モルフォよ。私が大きい小さいなんて些細でしょ?」
そう言われるとモルフォの耳は三角形だ。
エルフっぽい……と言うかエルフも妖精だっけ?
「それで今日は何を供してくださるのかな?」
僕はクーラボックスを開けた。
炭火で作る予定だったローストビーフ用の塊肉、それからソーセージ、ちょっと食べて残りは燻製にしようとした肉類。
「肉を焼くだけだけど」
僕が言うと、モルフォが訂正する。
「甘いモノも!」
ソレを聞いて、貴族君は嬉しそうな顔をする。
「ご相伴に預かっても?」
「いいけど……」
何だろ、何故異世界で肉を僕は焼くことになるのか。
炭焼きグリルの火を熾す。
指パッチンで着火した貴族君をすげーと思っていると、モルフォが対抗意識から魔法ブッパした。
野菜は水洗いされたが、周囲が水浸しである。
妖精のやることだからと許してもらったが、本当にごめんなさい。
「ねえ、コー。BBQって焼肉と何が違うの?」
焼肉弁当や、焼き肉店を覗いた経験から、疑問が浮かんだのだろう。
「一応、全て焼き終わってから食べるのがBBQらしい」
薀蓄を口にすると、モルフォは感心した。
「これに刺すからじゃないのね」
ひゅんひゅんBBQ用のステンレス製焼き串を振り回さないで欲しい。
「厳密には今回はグリルと言うらしい」
「へー、あ、お野菜! 何刺してくれるの?」
「玉ねぎ、ピーマン、ナス」
モルフォと他愛ない会話をしながら、野菜を切っては刺していくと、貴族君も手伝ってくれる。
申し訳ないと思いながら、僕は肉を豪快に焼いていく。
分厚い肉の一つを良く洗った木綿のタオルに包んで灰の中に放り投げることも忘れない。
「布を? 贅沢な料理だ」
なんか貴族君が驚いてる。なんか申し訳ない。
「で、肉を……焼く!」
油跳ねを嫌ってだろう、遠くからお嬢様の視線が厳しい。
■■■
「……このソースが実に美味い」
うんうんと味わう父。
おかしいですわね? 食通で通しているのでしょう?
ただ焼いた肉でしょうに。
「何故美味いのでしょうか?」
あーあー、執事ったら口ひげを汚して。
「炭火で焼くと、火の通りが違うのだそうですよ」
そう答える男。
ずらりと並ぶ使用人に、ちまちまと肉を配っております。
一方妖精は食べてばかり――おや?
「ちょっとコー! 辛いんだけど!」
辛みは貴重です。
辛子が御座いますが、妖精が齧った野菜は見たことないモノです。
「あーごめんごめん、辛いししとうだったんだ」
「唐辛子じゃないと聞いて、食べて失敗したわ」
そう言われた男は、緑の野菜を回収してますわね。
父が目ざとく見つけて何か交渉しておりますわ。
……真っ赤なナニカと共に手にしてますが、野菜くずなど何にするのでしょうか?
おや、それを終えたところで、男は手鍋に何かを加えておりますわね。
アレは何でしょうか?
と思っていますと、灰の中より何かを取り出しましたわね。
「……布で焼いた肉ですか」
父が嫌悪感を出すのも仕方がないでしょう。
「いやいや、これを切るんだ」
そう男は言いますが、おや妖精が注意してますね。
「汚いでしょ。遊びでお肉を使って…もう!」
「こういう料理なんだよ」
男は気にも留めず、布を外していきます。
するとどうでしょう、肉の香りが漂います。
……ええ、既に庭園が厨の匂いで一杯ですが、それでも香ったのです。
ごくりと、侍女が唾を飲み込みました。
淑女としてはよろしくありません。ですが、理解できます。
「ロモ・アル・トラポと言うお肉です」
男が説明してますわね。あ、妖精が指摘しました。
「ねえ、なんでこんなことするの?」
「……タオルは勿体ないけどローストビーフ風になるから」
ちょっとやましそうな男です。
しかし、ローストビーフと聞いて父が反応します。
父の好物ですからね、一番に……しかも一番美味しいとされるカットエンドまで指定しております。
ほくほく顔で父は食べ、あ、長く語り出しましたね。
「う、うまい。確かにローストビーフだ……だが、それだけではない。香ばしさ。そう好ましい香ばしさがある! 何故なのですか!?」
「あー、タオルが燃える時に出る煙で燻されるからでは?」
男は冷静ですね。
一方、父の感想を聞いて妖精が残っていたカットエンドを奪いましたね。
「ほんとだ! 美味しいわ!」
あの妖精、私に献上するとか考えがないのでしょうか?
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