第7話 特に意味 ないけれど 肉を焼くのだ 後
……そんなことを思っていると、男が私の前に来ました。
「何用ですか?」
すっと男に問うと、男は私に言います。
「あのぉ、お邪魔したので甘味をと思いまして」
見れば手鍋があるではないですか。
「……頂きましょう」
粗末な料理でしょうが、突っ返すのも雅ではありませんね。
男はホッとして、私に鍋敷きに乗せた手鍋を出します。
……我慢です。武骨で雑で、配ぜんや配置のマズさは許しましょう。
全体的に茶色く、真っ白なのは良く分からない丸い球と、山だけです。
私は手鍋の中を見、その暴力的な甘味の香りに慄きました。
バター、甘い香りは糖蜜か、それともはちみつでしょうか?
いえ、それだけでは在りません焦げた果実の香りも感じます。
「ピーチコブラーです」
……桃の毒蛇。
名前はどうにかならないのでしょうか?
私が答えられずにいると、男は不思議な瓶で黒い線を料理に引いていきます。呆気に取られて男を見ると、男は良い笑顔で言います。
「チョコレートソース、忘れていました」
食べろという事でしょう。
私は男を見、それから父を見ました。
父は私をガン見しております。
「頂きましょう」
見た目はアレですが、香りは素晴らしいのです。きっと不味くない筈。
そうして私は銀の匙を入れ、取り出し、恐る恐る口に含みました。
――――圧倒的な甘味の暴力が私の口の中ではじけました。
桃の酸味は焼かれた事とバターで丸くなり、香りと甘みを残すだけ。
そして不思議な生地はどっしりと甘みを支えます。ともすればくどく単調になるはずですが、桃の酸味とちょこれーとそーすなる苦みとふくよかな香りを持つソースが支えます。
私が固まっていると、男は白い山を指します。
「安いアイスクリームとソフトだけど、きっと合いますから」
恐るべき甘味を生み出す男のいう事です。
私は匙を白いものに刺します。固い、ですが溶けながら匙が入っていきます。これはなんなのでしょうか? 私は口にし――冷たさと滑らかな舌触りに驚愕しました。
乳の氷菓、ですが信じられないほどの完成度です。
これだけでも私は驚いたのですが、男は言います。
「一緒に食べるのです」
何という事を――この男は言うのでしょうか。暖かいコブラーと氷菓、そんな組み合わせなんて。
……隣の侍女の凄まじい視線を感じながらも、私は優雅に二つを匙で合わせて口に運びました。
味覚のオーケストラでした。
「……まいりました」
溜まらず私は頭を下げました。
その後、妙にウキウキした父に問いました。
「あの、お父様。何故、野菜くずやゴミを?」
ゴミでしょうに、と私が内心思っていたからでしょうか。
「とんでもない! アレは金になる――未知の、それもこちらでも育てられる香辛料だそうだ。もちろん、桃の種も回収した」
流石に貴族の当主をしておりません、利権への嗅覚は優れております。
「なるほど。それではもう一つ、何故、あれほど料理をお求めに?」
確かに美味では在りましたが……そう思うと真顔で父は言います。
「格が上がるのだ、それも魔法のな」
まさかと思いましたが、心当たりが私にもございます。
「(シモや美容にもきくがな)」
何か父が小声で言いましたわね。
独り言でしょう。
「次は何時いらっしゃるのでしょうか?」
私が庭を見下ろしながら言うと、父は答えます。
「分からん。最初は花束、前回は料理と野菜、そして今回が香辛料と料理だからな」
花と聞いて私は庭園の花を思い出します。
あれはたしか、父が母に送った、この地では決して見つからない花であったはず……
「だから、土地神ですの」
そう言う私に父は頷いた。
■■■
自宅に戻って、モルフォが僕に文句を言った。
「コー、ひどーい! 甘いモノ勝手に渡したぁ!」
頭の上でダダを捏ねる妖精に、僕は残酷なことを口にする。
「ゴメン、でもね」
「でもってなに!?」
「アレは途轍もなく太りやすいんだ」
僕の一言にモルフォは固まった。
「……ど、どれくらい?」
「普通の食事3食くらい」
実際はもっとカロリー言ってる筈である。
その答えに、モルフォはふっと息を吐くと笑顔で言った。
「いい気味! きっとドレスが入らなくなったハズだわ!」
小さくても、妖精でも、女子としてマウント取りたい年頃なのだろうか?
僕はノリでカロリー爆弾を振舞ってしまったお嬢様の体重を心配した。
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