第4話 カレーかな 辛いかな でも食べたいの

 小さな会社で社内の設備周りの業務を続けて10年弱。

 不満や後悔はあるけれども、それが僕の仕事である。

 より具体的には、アダルトサイトでPCがおかしな挙動をすれば呼ばれ、導入した新規ツールが不明だと呼ばれ、流行のビジネスグループソフトウェアが分からなければ説明する職場だと思ってくれ。

 総務の直下なので、出世とは無縁の職である。


……転職も考えたのだけれども、キャリアもスキルも微妙で諦めたのが僕だ。


 幸いなことに田舎には珍しいホワイト企業、かつ残業無しの週休二日制。手取りは安いが暮らすのも貯金にも困らないことから、僕はまだ会社に勤めていた。

 そんな、ある日のことである。

 青い顔した営業部の連中と、製造部の人間が本社ビルのエントランス前でひと塊となっていた。

 僕は調度缶コーヒーを買いに来たところで、嫌なモノを見たなと思ったが営業に声を掛けられた。

「あ、田中さん」

 思い切り間違った呼びかけなのだが、僕は許している。

 珍苗字を若い頃は気にしたのだけども今ではどうでもよくなった。

「どうしたんですか?」

 とりあえず返答はせねばならぬと口を開くと、営業の若い子――と言っても第二新卒は過ぎてるのだが――頼んで来た。

「それが」彼は製造部に気にしながら言う「困ったことになって」

「何でですか?」

「ほら、週末のイベント」

 ああ、と僕はアタリをつける。

「大型トラックで、製品アピールを考えてたんですけど。そのドライバーを回してもらえなくて」

 そりゃ製造部が怒る訳だ。

 面倒掛けて、その上運転手を用意しろとは虫のいい話だ。

 根回し下手なのだろうなあと、思ったのだけどあまりにしょげてるので仏心が湧いた。

「総務部長に聞いてみなよ」

「なんで? ですか?」

 これは僕の言い方が悪かったな。察してくんしてしまっていた。

「僕、黙ってたけど大型も運転できるから」


 

 業務を半日休む形となった。

 が、部長の口添えもあり、僕は大型トラックを運転することになった。

 そうして準備をしていると、締め切った会社のロッカールームなのに蝶が見えた。

「コー、おっきな車を運転するんでしょう?」

 蝶はモルフォに姿を変える。


……彼女が職場についてくるようになったのは、成り行きである。


 世界を買うだの、不死鳥の卵だの、彼女は僕にお願いした。

 だが、どちらも叶えるのは容易でなく、お金も時間もかかるのだと説明すると彼女は……なんと僕と出勤すると言い始めたのだ。

 僕は断ったのだが、彼女曰く、僕の近くの方が何かと都合がイイらしい。

 口論とは言わないが会話の結果、彼女が粘り勝ったわけだ。

 それ以来、彼女は会社で――文字通りの妖精生活を送っている――お局のお菓子を奪い、伯父さん部長の頭髪を揺らしたり、と悪戯三昧である。

 おまけに、僕の外食にもついてくるので、ちょっと最近一人の時間が恋しい。

「もー! 周囲に誰もいないから返事してよ」

 勝手気ままな妖精らしく、モルフォは頬を膨らまし、僕の頭の上でじたばたする。

 地味に髪が気になる年頃の僕は彼女の羽根をつまんで答えた。

「わかった、わかったって、たいしたことじゃないぞ?」

 そう言う奇妙な同居人を頭にのせながら、僕はトラックを受け取りに行くことにした。



 レンタルトラックの店舗は、バイパス沿いにあった。

 イベント用のウィング車なのだが、ちょっと古い。

 若き日のように軽々登れなくなったなあと思いながら、店舗からトラックを出した。

 そうして走り出すとモルフォが楽しそうに言う。

「この車はとっても大きい! 凄いじゃないコー!」

「借りただけだぞ」

 ストレートに変な事をするなと言うと、彼女はむくれるので僕は言葉を選んだ。だいたい、おかしの山に突っ込んだ時も「夢だから、夢だったんだから!」とノリで言い切るのがモルフォだ。

 大分、性格を掴めてきた妖精は広い車内を行ったり来たりしながら言う。

「別の世界に行ったときに、こんな足があるといいのに」

 僕は運転中だが慄いた。

「未舗装の道なんて怖くて走れないよ」

 溜まらず言うと、モルフォは言う。

「でも、そんな車あるんでしょ?」

 妖精の癖に、妙に車好きだな。

 僕もエンスーの気があるのでわかることは分かるのだが……

「もう買えないよ」

「えー、あるでしょそんなの?」

 そんな会話をしながら僕らは高速へと入った。

 下道で気をつかったが、あとはイベント会場までは一直線だ。

「あるけど、場所を取るんだよ」

 そして僕はラリーは嫌いじゃないが、どちらかと言えばロードレースの方が好みである。

「じゃあ……バイク? あの二輪の変なのなら」

 時々、モルフォは僕からすると違和感のある言い方をする。

 はじめは妙だなと思っていたが、世界のギャップがあるとすると彼女の物言いも当然だろうと僕は思うようになった。

 僕は彼女の世界には二輪車が無いんだと気づいて問うた。

「逆に、車があるのが変な気がするんだけど」

「ええ? 輿とか山車とか車輪が4つが普通でしょう? ウチの世界には馬のない魔法の馬車もあるし」

 なるほど、と納得する。

 そうして雑談をしていると、目的地まで半分であった。

「ねえコー、パとかサとかナニ?」

 しばらく景色を見ていたモルフォが問う。

 妖精の学習能力すげえな。

「パーキングエリア、サービスエリア、って言うんだ」

「ああ、馬を休める場所みたいなものなのね」

「そう。食事もとれる」

 食事と言ったからだろうか。彼女は僕に激しく訴えた。

「是非食べてみたいわ!」

 


 トラック専用の駐車場に止め、僕は渋々おりた。

「お昼、食べただろうに」

 モルフォはよく食べる。


……それこそ体積以上に。


 実際、お昼も僕と一緒にランチを食べたのだ。

「人目隠しの魔法を使えばより簡単よ」

 話を聞かない妖精さんである。

 僕らはそのままフードコートへ入る。

 取り分けられるものを、と思って注文しようとしたのだがモルフォがじっと一人の男性を見ていた。

「コー、あのおじさまが食べてるのは何? ブラウンシチューをご飯にかけてるようだけど……」

 視線をやると、僕より年上の男性がカレーを食べていた。

 カレーか、うん、無難で良いだろう。あと妙な虫の知らせを感じて、フライドポテトとドリンク。

 年食った自覚はあるのだけれど、昔と変わらず食べられることはありがといと思う。

「カレーって言うんだ」

「カレー? 濃い、味噌汁じゃなくて?」

 君は味噌汁をなんだと思っているのだと僕は言いかけたが、そう言えば彼女に振舞ったのは値引きキノコを大量に使ったアレンジ味噌汁しかなかったか。

「香辛料の」僕は其処まで伝えて言葉に詰まった「なんだろう?」

「シチューじゃないの?」

 よもや妖精に補足されるとは。

 僕は敗北感を感じながら、おばちゃんにカレーを頼んだ。

 予想通り、辛さの調整なんてものはない。べっと、出て来たカレーはレトルトであろう。

 トレーをもって空いている席に腰かけると、ガチャガチャ由来のマイスプーン片手のモルフォがじっと見ていた。

「外で食べる時は、苦労するわ」

 器用に机ギリギリでホバリングしながら、彼女は僕より先にカレーを食べ、咽た。

「辛い!」

 おろおろするのがアレなので、僕は一緒に買ったウーロン茶から氷を取り出し指先で摘まんだ。

 モルフォはソレを器用に割ると口に含む。


……サイズが小さいから怖くないが、実寸だと氷の塊をパンチで割ったわけである。


 僕は意外とパワフルだと思いつつ、モルフォは咳き込んでから僕に行った。

「ちょっと! 辛いだけじゃない!」

「いやいや……これでも日本人の国民食なんだぞ」

「うーん、贅沢だなとは思うのだけど」

 と言って彼女はワイルドにフライドポテトを食べる。

 サイズ感がアレだが、何となく絵にはなる。スマホに映るかなと思って撮影してみたが、画面には何も映らなかった。

 電気まで欺瞞するとは、やるなモルフォ。

 しかし実体がありながら映らないとは如何なる理由なのだろうか?

「食事中のスマホはよくないわ」

 考えても仕方ないことだしな。

 そうモルフォが言うので、僕はカレーを食べてみた。

「うぉ」

 そして失敗、思わず声が出た。

「辛いな、コレ」

「でしょ?! というか何でコーも驚いてるのよ!」

「いやだって辛いし」

 ちらりと振り返ると、激辛フェアの文字が見えた。

 ろくに見ずに注文したからだろう。

 失敗したなあと思いつつも、再びカレーを食べ進める。

「うん、辛い」

 が覚悟してれば大丈夫だ。

 唐辛子で辛みを引き上げてるだけなのだろう。ドロドロの具材もレトルトらしい。大量に炊いた米と合わさり、実にそこそこだ。

 しかし、そこそここそがいい。なんか充実感があった。

「ピクルスもーらい」

 見れば真っ赤な福神漬けをモルフォがつまみ食いしていた。

 彼女は口の周りを赤くしながらも、僕に言う。

「甘酸っぱくて美味しいわ」

「……さいですか」

 カレーでなく福神漬けで満足する妖精ってなんなのだろうか?

 


 トラックを無事、イベント会場まで運び込んだ僕ら。

 帰りにカレーの材料を買った僕を見て、モルフォは非常に嫌そうな顔をした。けれども、僕お手製の無水カレーを食べた彼女は満面の笑みで僕に言った。

「高速道路のカレーが不味かったのね!」

 僕はレトルト食品の開発者さんが聞いたら泣くだろうなと思いながら、彼女のおかわりをよそった。

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