第29話
ゲーテが使ったコースは登山に慣れていなくても歩ける範囲ではあるものの、足場が良いとは言えないため、ミカエルはコンスタンツェに注意を払いながらペースを合わせて先導していた。声が出ればコンスタンツェが転んだ時のために背後に着いて支えることもできるが、今は無理だ。
(普段人と話すのが好きではないから声くらいでなくても構わないと今までは思っていた。。
声が出ないのがこんなにもどかしいとは。
、、スタンツの話に動作や表情でしか答えられないし、背後で道を教えることもできない。
、、彼女は私に特別な感情はないだろうけれど、私は、彼女に惹かれている。明が友人として彼女と親しいのを嫉妬するくらいには。
、、その彼女が大して親しくもない私の心身を心配してくれたのに、声も出ない私は何も返せない。)
「私ね、今ヘッセを少し調べていてね。
ヘッセの書くものは人の自己の内面を描いているじゃない?それとともに、ドイツの自然を何気ないシーンで描写してるでしょ?で、」
スタンツは頭の回転も話の引き出しも多く、話が飛ぶ。先ほどまでしていたスタンツが今書いている小説の話からいきなり話が飛び、ヘッセの話になったようだ。ミカエルもヘッセの作品は好きなので頷きながら、話を聞いていると、そのうち雪解けで足場が悪い箇所に来たので岩の端に片手をかける。
「ああああ!!どうしよ、」
スタンツが、ミカエルが一瞬目を離した隙に大声を上げるので慌てて振り返ると、雪解けに滑ったらしく下に転倒しそうになっている。
「!!っ!、、!!」
ミカエルは思わず叫びそうになったが息が吐き出されるだけで声は出ず、同時に急いで片手でスタンツの腕を掴みこちらに引っ張る。
「いっ痛いってば、ミケ?あたしなら大丈夫、、いたっ、、」
ミカエルが思い切り引っ張ったのがスタンツには少し痛かったのかと思ったが、スタンツは左足を庇うような姿勢をしていた。そして、上手く立てずに岩場に寄りかかっている。左足を挫いたのかもしれない。
ミカエルは片手を岩場から離し、さらに一段降りると手をスタンツの腰にまわし、こちらに抱き寄せた。
「!!、、ミ、、ミカエル、、。」
コンスタンツェは抱き寄せられ驚きながら少し顔を赤らめていたが、ミカエルは彼女が心配でそれどころではない気分だった。それで無心で一旦、自分の背中のリュックを降ろすと、コンスタンツェを彼女の荷物ともども背中に背負い、片手で自分のリュックを持って残り3分の2の道を下って行く。
「ミカエル!!重いんじゃない??ミカエル細いんだからあたしもあたしの荷物も自分の荷物も持ったら折れちゃ、、、あれ?わりとがっちりしてる、、筋肉はあるんだね、、びっくり、、そっか。登山とジョギングがフルート以外の趣味だもんね。」
ミカエルが、コンスタンツェが転ぶのを見て下で声をあげ心配していた同年代のカップルを通り過ぎて、「良かった!」「お兄さんナイス!」などと言われて片手をあげて礼を示している間にコンスタンツェはミカエルの背中で話す。
「、、でもさ、本当にそんな持ったら重いよ。そこに少し座れそうな岩があるから少し休めばあたし歩けるよ。、、なんならもうちょっと下にある駅で列車でも良いよ?
、、本当にそのまま下るの?いくらなんでもミケでも倒れちゃうってば。無理はしないで。」
コンスタンツェの忠告は有難いが、体力は自信があるし、自分が目を離して怪我をさせただけで申し訳ないので、せめて彼女が希望していた文豪のコースいくつかをこのまま全て辿ろうと、ミカエルは止まることなく、歩を進めた。
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