第16話

ミカエルは、病院から帰ると全てを忘れたいかのように、昼食も碌に摂らずにフルートの練習を自室で始めた。

医者から、精神的な強いストレスでの過呼吸と失声なので、数日大学や演奏も休むよう言われたのが相当嫌だったらしい。


「、、いつものミカエル様の演奏ではありませんね。あんなに激しい演奏をされるなんて。しかも異様に技巧的な曲だけ吹いていらっしゃる。」

ミカエルの部屋は防音だが、もともとソリスティックな強い音色と音量なのに、今日はさらに苛立ちをぶつけるように吹いているため、より一層はっきりと下の階のリビングにまで聴こえる。それを聴いてロベルトは明に食後にコーヒーを出しながら言った。


「ロベルトさんもそう思われるんですね。

、、確かにミカエルは演奏も分析的で緻密ですよね。、、あんな感情をただぶつけるようには吹きません。今日は珍しいものが聴けました。」


「、、少しは召し上がって頂きたかったのですが。ご存知でしょうが、ミカエル様は痩せていらっしゃいますがよくお食べになります。細い身体であんなに音量を出すので当然かもしれませんが。あんな吹き方をして朝から何も食べていないのではお身体に良くありません。」


「、、、そうですね。でも俺が言っても貴方が言っても頑固にドアを開けないし、、たまには感情をぶつけるように倒れるまで吹いても良いのかも。、、ミカエルが演奏家として一皮剥けるかもしれません。」


明が微笑んで言うと、ロベルトは理解できないと首を振り、ため息をつく。


「流石、ミカエル様のご友人ですね、、考えが飛んでいらっしゃる。

、、芸術家とはそういうものなんですか。私には全く分かりかねます。

、、ミカエル様は孤独に育ちましたから、、お話が下手で、なかなか根はお優しいのに周りにわかっていただけないんです。

そんなミカエル様に、やっとアキラさんというご学友ができた。アキラさんは穏やかでしっかりしていそうで安心だと思ったのに、、」


「、、芸術家のことはわからないけど、演奏家について言えば自分がおかしくなりそうなほど悩んだ先に、自分の在り方が見えてくることはありますよ。、、まあ、まだ俺もミカエルも、演奏家ではなく演奏家を目指す身なので、偉そうに言えませんが。あはは。」


明は、ロベルトとコーヒーを飲んでいると、メイドが出してくれたクッキーを、細い指でつまんでちまちまと齧りながら話した。

ドイツの食事はお菓子でさえ明には大きい。割ったりちまちまと齧るのを見てミカエルに小動物みたいだとよく不思議そうに言われる。自分の消化力がおかしいのを棚に上げて失礼な話だ。


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