第15話

 

明は、物音がして目を覚ました。

どうやら自分は椅子でうたた寝したようだが、ミカエルはベッドで目を覚ましたようで、明をまだぼんやりした様子でみつめながら起き上がる。


「ミカエル!

、、大丈夫?過呼吸になったみたいだけど、、。気絶するほど酷いやつは初めて遭遇したからちょっと焦ったな。。」


「っ、、、。」

ミカエルは何か言いかけたが、言わず、片手を喉に当てて険しい顔をしている。


「??喉が苦しい?もう息は大丈夫そうだけど。。」

明はミカエルの体調がまだ悪いのかと様子を見たが、呼吸が辛そうな様子はなく、喉に片手を当てて戸惑った表情を見せるだけだ。


「、、、。」

ミカエルは喉から手を離し、首を振って明の言葉を否定すると、ケータイに何が打ち、明に見せた。


「、、え、、声が、、出せない??

、、嘘だろ?」

明はケータイに打たれたドイツ語文を見て、驚いて尋ね返す。


「、、、、。」

ミカエルはまたケータイに打つ。明は信じたくはないが、どうやら本当に声が出ないようだ。


「、、ここはどこなのか?

、、、ああ、、ここは、、、

ミカエルの実家。ただシュルツさん、ブリギッテさんにめちゃくちゃ怒っていて、、まあ色々考えたくないのか家にはいないよ。、、ロベルトさんの話だと明日も家には帰らないみたい。もともと明日から出張みたいだから。

だから安心して?」


明は、ミカエルが倒れた後、その場にいたミカエルの母親でモデルのブリギッテと一緒に、付き添いで病院に行った。ミカエルは精神的な問題からの過呼吸らしく、容態は軽かったので1、2時間したら帰宅し、しばらく安静にするよう言われた。

しかし、明たちの予定はと言うと、アンサンブルメンバーは明日にはそれぞれの大学付近へ帰る予定でホテルも取っていなかった。そこで、目覚めるまでは安静が必要なミカエルを、取り急ぎ実家に連れてきたのだった。


その際、ミカエルに付き添ったブリギッテにディートリヒが鉢合わせ、二人は大喧嘩し、ディートリヒは出かけると言い、夜遅いのにその場を去った。そして、明がしばらくブリギッテと話しながらミカエルについていると、執事のロベルトが、今日から三日間ディートリヒは帰宅しないので、ミカエルが目覚めるまでは居ても構わないと明たちに告げに来た。


「、、喉、起きたばかりで声出しにくいわけじゃ、、ないみたいだね。

声以外の体調が平気なら、一緒に病院に行ってみよう?」


ミカエルが明が話す間も発声しようと、Flöte、とフルートを表すドイツ語の発音や、私、に当たるIchを口で作って強く息を吐いても、全く発声されないのを見て、明は提案する。


すると、ミカエルは首を振り、またケータイに何か打って見せる。


「構うな?、、構うだろ。過呼吸にいきなりなってその上、声まで出ないなんて。

、、過呼吸はストレスって聞いたけど、、一度起こすと癖になるだろ?俺の弟はヴァイオリニストなんだけど、緊張しいでね。何度か一緒に受けたコンクールでなっていたから分かるよ。

息が苦しくなるのはフルート吹くのにも良くないし。、、声が出ないのは初めて見たからよく分からないけど、、とにかく診てもらうべきだよ。」


明は日本ではあまりやらない身振りまでぎこちないながらつけて言ったが、ミカエルはベッドからさっさと出ると、鏡を見て髪を雑にとかして整え、クローゼットから服を出し始めた。ここはミカエルの実家の、ミカエルの部屋なのである。

明の言葉に対し、ケータイで何か返す様子はなく、更には不愉快そうな表情を浮かべている。完全に無視されたらしい。


「、、体調はおかしくないから診てもらう必要

ないって?

、、おかしいよ。声が出ない時点でおかしいだろ。普通に考えて。

、、、ブリギッテさんと少し話したよ。

ミカエルのことを心配していた。、、起きて自分が居るとミカエルを傷つけるって昨晩遅くに帰ったけど、、、」


明がブリギッテについて触れると、やはりミカエルの過呼吸はブリギッテが原因らしく、ミカエルはこちらを振り返りつかつかと寄ってきて、怒りを露わにしてこちらを睨む。ミカエルはもともと瞳が切れ長で、鋭い。それに、トップモデルであるブリギッテとそっくりな端正過ぎる顔立ちをしている。そのため、本気で睨まれると凍りつきそうな気持ちになった。


「、、ブリギッテさんに、ミカエルが体調が悪かったら自分の代わりに力になって、って言われたよ。、、お前とブリギッテさんの間に何があったか詳しくは知らないけど、俺は約束は守る主義なんだ。、、ブリギッテさんだけじゃなく、執事のロベルトさんにも頼まれた。、、それでも声、治さないつもり?」


「、、、、」

ミカエルは何もケータイに打たなかったが、明を睨むのはやめ、不機嫌そうな表情のまま、明に背を向け先に部屋を出て行った。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る