第14話

明は内心、ディーテトリヒに人種のことを言及されて弱みを握られ、怒りと情けなさ、悔しさですぐに帰りたい気分だった。それでも、自分のプライドとしてもミカエルのためにも弾き切ろうと演奏を続けていた。そんな中、ミカエルが先に心が折れてディーテトリヒの後をついて出口に歩くのを見て、諦めていたが、ミカエルがいきなり走って戻り、演奏に入ってきたため、思わず動揺しフィガリングを間違える羽目になった。ポジション移動をミスしたが、なんとか別のポジションでギリギリ音程を取る。


「、、、、。」

演奏中なので話さなかったが、明はミカエルを横目で見つめる。

ミカエルは感情を切り替えられたらしく、堂々と、いつもの、強く、しかし艶があり気高いフルートの音色を響かせた。デュオは二つのパートがあってこそ一つの音楽だ。ましてやフルートとヴィオラは音域も音色も対照的だ。フルートがいなければどう弾くのか、一人で追求するのは難しい。


何より、ミカエルとやることに意味がある。何度も一緒にアンサンブルし、その高い技術力と音楽に関する見識から、明にもアイディアを与えてくれるミカエルとの合わせだから浮かぶ弾き方があるからだ。

同じ曲でも誰とやるかで、特に内声パートは弾き方が左右される。ヴィオラを専攻してから、それをいつも感じていた。これはヴァイオリンではなくヴィオラがやりたいと確信した理由の一つでもある。


明はミカエルのフルートが入ったことで、演奏への集中力が高まり、頭に浮かぶ反応の種類が増え、自分の弓捌きが先程までより鋭敏になるのを実感した。


そしてそれは独りよがりな認識ではないようだ。ディーテトリヒは帰らずに足を止め、こちらを真剣に見て聴いている。





「ミカエル??、、それに、、。」



二人の演奏も終盤に入った頃、明の斜め後ろの階段から女性の声がした。



ミカエルは名前を呼ばれそちらに目線を向けつつもフルートを吹いていたが、五小節ほど弾くといつもよりブレスが多くなり、明も合わせにく感じる中、演奏を突然やめてしまった。


「!?」

明は演奏を続けていたが、ミカエルの様子がおかしく、肩で息をしているのでさすがにヴィオラを構えるのをやめた。


「ミカエル!?どうした?」


「、、なんで貴女まで!!

、、何しに来たんだ!」

ミカエルはどうやら過呼吸を起こしており、立ってはいたが、フルートを片手に持ったままもう片手で喉と胸の間を押さえ、異様な息切れを起こしている。


「、、お前、、今更何の用だ!ミカエルは私が引き取ったんだぞ。お前にミカエルに接する権利はない。」


「、、ミカエル、、ごめんなさい、でも、、フランクフルトに来るとたまたま知って、、どうしても様子を見たかったの。、、もう帰るから。、、」


女性がミカエルの方に来たため、明はきちんと女性を見ることができたが、女性は30代後半くらいに見え、ミカエルと顔立ちも、プラチナブロンドの髪も、細い体型もそっくりだ。


(お姉さんか誰か?母親にしては若いもんな、、でもミカエルの様子が、、)


「ミカエル、大丈夫??、、すみません、体調が悪いみたいで、、お話は後にしてくれませんか。、、ミカエル、大丈夫??座って。、、これ!これにでも息入れて!!」


明は、昔緊張しやすい弟がコンクール前に過呼吸になっていたときのことを思い出し、カバンから適当な袋を取り出し、ミカエルに渡して背中をさする。


ミカエルは袋を震える手で取ろうとしたが、手が震え取れず、明の横にそのまま倒れてしまった。明はヴィオラを床に置いてから、ミカエルを支えようとしたが、自分より10cm以上背が高いミカエルを支えられず、なんとか頭を打たない様に支え、フルートを預かる。


「ミカエル!!、、救急車呼ばなきゃ。ミカエル!!」

明はケータイを取り出し救急車を呼んだが、協力してもらおうと前を見ると、なんとディーテトリヒはおらず、近づいてきたのはミカエルが倒れた元凶の女性だ。


(最悪だ、、これじゃ過呼吸を起こしても仕方ない、、。)

明は不快な気持ちになりながら、とりあえず女性がミカエルを介抱するのを見守りながら、得意ではないドイツ語で電話越しに状況説明を試みた。

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