第10話

「とにかく、予定の別リハーサルが重要ですしずらせませんから私はフランクフルトには行きません。、、有名なホールですから演奏は引き受けるべきだと思います。

、、私の話は終わりましたから帰ります。」


ミカエルは一方的に話を締めると、自分の分の飲食代をテーブルに置き、立ち上がる。


「ミカエル、待てよ。みんなまだ納得してない。きちんと話そう。」


明は見かねて立ち上がり、ミカエルの肩に片手を触れたが、ミカエルは強い力でそれを払った。そして、アイスブルーの切れ長の瞳で明を睨む。

ミカエルとは体格差もあり、持病もある明をミカエルは彼なりに気遣ってくれている。それに、ミカエルはいつもは冷静で、感情的にもならない。


そのため、このような態度を取られたのは初めてで、明はミカエルの強い感情がわかり、思わず黙る。黙ったのは有無を言わせない睨みかたに臆したのもあるが、むしろここまで憤るミカエルが初めてで心配が大きかった。


「話は聞いていただろ?、、私は行かないと言ってるんだ。帰る。」

ミカエルは口調までが粗くなり、明に低い声で呟く。


「、、、わかった。、、残念だけどミカエル抜きでやる方向で計画しよう。いつもいつもミカエルのフルートで客入れるんじゃダメだし、良い機会だよ。」


明はミカエルに微笑んで頷き、席に座って他に話す。ミカエルはそれを聞いて店を足早に出て行った。いつもはドアも乱暴に閉めたりはしないのに、やや大きい音を立てて閉めたため、彩華が肩をびくつかせた。


「、、ねえ、ミカエル様子おかしいわよ。あのままじゃ良くないわ。」

「そうだよ、明にやつ当たって筋違いだ。なんで言い返さない?」

彩華がミカエルを心配する一方、ラインハルトはミカエルを批判した。


「、、そうだね。、、でもあそこで俺が反論したらもっと怒りそうだった。彩華も言うようになんだかミカエル今日は変だから、、。

、、残りはみんなで食べてよ。

やっぱり俺もミカエルも入れて演奏したいし、話してみる。」


明は自分もミカエルと同様に料金を置いて立ち上がり、荷物を肩に掛け、ヴィオラケースを背負って立ち上がった。


「なんだ、考えがあったのね。アキラは考えがあっても言わなかったりするから分からないわ。ミカエルは気難しいけどアキラならなんとかなるかもね。頑張ってね〜!」


リリアがビール片手に手を振ってくれたので、明も片手を振り返して応え、ミカエルを追った。


ミカエルは歩くのが速い。当然もう辺りには見当たらなかったが、店を出て駅方面を10分程度早歩きすると、二つ先の通りの横断歩道で、信号待ちしているのが見えた。

まだ信号は変わりそうにない。呼び止めても危険もないだろう。


明は、医師からあまり走らないように言われているため少々迷ったが、小走りしてミカエルに呼びかける。


「ミカエル!!ミカエル待って!」


「!?、、な、、なんで走ってるんですか!!

医者から言われてるんじゃ!」


明は全力ではなく70%程度で走ったが、ミカエルの元に辿り着く時には息切れで苦しくなってしまった。片手で胸を押さえ、少し屈んでミカエルを見上げる。

昔のように厳禁ではなく、急ぐときなどにたまになら走っても良いとは言われているが、今でも普通なら健康に良いはずのジョギングやジムなどの運動は禁止されている。


「何してるんだ!!医者に禁止されてるのに!心臓が悪くなったら、」

ミカエルは声を荒げ、明に怒る。怒ってはいるが、背中をさすってくれた。


「、、やっぱり、、今日の、ミカエル、おかしいね。、、いつも、なら、まだ信号変わってないから、走らないで、とか言いそうなのに。、、俺さ、今はたまになら、走っても、良くてさ。、、小学校のとき、運動禁止されてるのが嫌でね、友達に、身体のこと言わずに、一緒に駆けっこして、、、ぶっ倒れたことがあったんだけど、、10人いて2番目に、速く着いたんだ。実は足、わりと速いんだよね、、、驚いた?」


明は、息を切らしながら小声で話した。そうしてじっとしていると、息がやっと整ってきたので体を屈めていたのを直して通常の姿勢で立つ。それから、ミカエルの瞳にしっかりと視線を合わせた。


「、、あ、、そう、ですね、、。そうですよ!なんで信号がまだ変わらないのに無理して走ったんですか?」

ミカエルは明に指摘されて我に返ったようだ。


「、、ねえ、ちょうど今信号変わったよ。帰りたいんじゃないの?」

「、、わざと走ったんですね。私がそうすれば貴方を心配して話を聞く気になるから。」


ミカエルは、明の問いかけには答えず、逆に問いかける。いつもの冷静さと頭の回転に戻り、明が急ぐ必要もないのに走った理由に思い至ったようだ。


「、、普段走れないけどせっかく足は平均よりは速いみたいだからね。たまには生かさないと。

、、フランクフルト、もしかして実家が嫌だから行きたくないの?でもそれなら家族に会わなきゃ良いんじゃないか?」

明は答えてから、ミカエルの事情を聞こうと話を振る。




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