第9話

「なあ、話ってなんだよ。フランクフルトに行く話ならまとまっただろ?それならみんなお腹も空いてるし何か注文しよう。」


明は、アンサンブルのメンバーでの練習後の食事の際、話があると切り出したものの、黙り込むミカエルに話しながら、メニュー表を手に取る。


4ヶ月前、ミカエルの誘いでこのバロック音楽アンサンブルが結成されてから、活動は楽しくあっという間に月日が過ぎた。メンバーはすぐに意気投合できたので、月に3回以上は顔を合わせて練習し、月1回のペースで定期的に演奏会を開いている。演奏会と言っても、人当たりの良いヴァイオリンのラインハルトと、愛嬌のあるチェロのリリアが、小さめのホールやレストラン、教会などに掛け合い、ギャラをもらって演奏しているに過ぎない。

なので大袈裟なものではないが、今では演奏も評判が出て、オファーが来るようになり、ドイツからオランダの間の都市部で演奏をしている。

練習会場は、ミカエルと明、ラインハルトが通う大学のあるベルリンと、彩華とリリアが通うアムステルダムの大学の中間地点のハノーファー付近で行っている。その後のランチやディナーも、もはや習慣になりつつある。


自他共に認める社交性の低さのミカエルも、このメンバーといる時はたまに微笑み、リラックスしている。明は彩華と同じ日本人なのもあり仲良くなり、2ヶ月前からは明がアプローチして交際を始めた。すべては順調なはずだ。ミカエルがフランクフルト行きを渋ることを除いては。


「いえ、それが、まとまってないんです。

先ほど話が終わってから思い出しましたが、私はその日に別の欠席できないリハーサルがありまして。、、失念していてすみません。

ラインハルトが誰かヴァイオリンを連れてくるか、明がヴァイオリンを弾く曲を増やすかして、フルートでもヴァイオリンでもできる曲で対応できないでしょうか。


話したようにオファーは有名なホールからでした。私がいないだけで断るのは得策ではない。」


ミカエルは、いつも通り冷静に話してはいるが、なんだか心境が明るくはないようだ。ミカエルは無愛想だがわかりやすい性格である。言わずとも、感情が仕草に出てしまう。愛想だけは良いが考えを言動に上手く出せない自分とは逆である。


ミカエルは、長く白い指で無意味にカップの側面をいじり続けていた。普段のミカエルは論理的で時間を無駄にしない。行動も理にかなったものが多く、仕草さえそうだ。無意味な動作は、ミカエルの感情の乱れを表現している。


「、、そう。じゃあ、ラインハルトがヴァイオリンを手配できなそうなら俺がヴァイオリンをもう何曲か弾こうか。」

明は何となくミカエルの事情を想像したが、敢えて何も触れずにラインハルトに話す。しかし、ラインハルトは首を振る。


「バカ言えよ。ミカエルのフルートと、彩華のチェンバロと、明のヴィオラやヴァイオリンは特に名指しで客や批評家、レビューで褒められてる。とりわけミカエルのフルートが。

ミカエルなしには考えられない。それに、ミカエルはアンサンブルのリーダーだろ。良いホール、そのミカエルの故郷のホールからオファーをもらったんだぞ。、、全員の予定が合う日にしよう。俺がホールに掛け合う。」


「、、メンバー全員褒められてたし、俺たちみんなのアンサンブルが褒められたんだろ?

、、、俺はヴァイオリン専門じゃないし、良ければフルートでもヴァイオリンでもできる曲の高音パートは、ラインハルトに弾いてもらいたい。、、俺はセカンド、、中音域のほうが、同じヴァイオリンやるとしても性に合うよ。普段ヴィオラで内声弾いてるからさ。」


明は、先ほど練習でラインハルトに、ヴァイオリン2本が必要な曲で1stを譲られて気まずかったのを思い出した。なのでついでに、ラインハルトに1stを弾くように話を振る。


「、、明は、いつも人の顔色伺ってるよな。アンサンブルにおいてもそうだ。ヴァイオリン弾く時、俺を気にして本気で弾いてないだろ?

、、ヴァイオリン科も敵わないくらい上手いくせに。なんでそんなに卑屈なんだ?

いつも、彩華が煽ってようやく本気で弾き出す。


、、俺は学内オケのレベルの低い先輩とは違う。、、お前に1stを弾いてもらって、俺は内声を勉強してみたい。お前の1stなら、オケで1stを弾いてきた俺でもそう思えるし、そのほうが良いアンサンブルにできるんだ。良い演奏のために言ってるのさ。」


ラインハルトは、しっかり者ながらも優しいが、音楽には妥協がなく引くつもりは無いようだ。役割柄、自己主張が強い奏者も多いヴァイオリンが専門だが、周りのことも自分のことも的確に見定めて、引くところは引いて、主張すべきときは前に出て、良い演奏ができるように取り組んでいる。

対立を嫌っている自分には出来ない向き合いかただ。明はそんなラインハルトの発言と真剣にこちらを見る瞳を見て、感情が動かされて頷く。


「、、卑屈なつもりはなかったし、ヴァイオリンが専門じゃないのは事実だけど、、そこまで言うなら俺もたまにはヴァイオリン頑張ってみるよ。

、、けどさ、ミカエルの言う通りまた来るかわからないチャンスなんだし、ミカエルはまた次に参加してもらわないか?」




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