第7話

ミカエルが、明に用事がありオーケストラの練習後に声をかけようとしていると、先日明に図書館で嫌がらせをしてきた上級生を含め、もう弦楽器の何人かと仲良くなって談笑しながら弾いたりしているので気が引け、立ち止まる。


ミカエルが立ち去って寮に帰ってから話すかと考えて、幕に下がっていると、明がそれとなく輪から抜け、ヴィオラは席においたままこちらに来たのでミカエルは振り返る。


「明?話していたんじゃ、」

ミカエルが微笑んでこちらに来た明に振り向こうとすると、鈍い音がして明が膝をつくので、ミカエルは慌てて近づく。


「!!大丈夫ですか!!発作ですか!?明!!」


「そんな大声出さなくても大丈夫、、。

話してて抜けづらくて薬の時間過ぎちゃって。。飲んでゆっくりしてれば落ち着くよ。」


ミカエルは明の折れそうな肩を支えたが、自分自身でも壁に片手を突いており、ミカエルから身を引いてからふらついたまま立ち上がり、近くの椅子に座る。


よく見ると、もう片手には水が入ったペットボトルを持っており、黒い長ズボンのポケットから薬のケースを出すと、口に何錠か放って水と一緒に飲み込んだ。1回だけで終わらず、ケースが複数あり、次は粉薬を飲む。その後3回目があり、カプセル剤を飲んだ。これでようやく最後のようだ。


「、、いきなり倒れるからびっくりして。

しかも、あの上級生、図書館の。。話すだけくだらないですよ、病気の薬の方が大事では?」


「、、だから抜けてきたんだけど?

、、話もしないで下らないなんて決めつけるのは勿体無い気がする。

きちんと彼と話してみたことある?確かに気難しいし、、俺は正直まだあんまり好かれてない気はするけど、曲についてよく調べていて話を聞くと参考になったし。ヴァイオリンもちょっと雑さはあるけどテクニックが飛び抜けてるよ。、、副コンマスなだけある。」


明は、脈が早いため少し息を切らしながら、ミカエルの目をみて話す。


「あなたのこともまだ嫌ってるんですか?談笑していましたが。」


ミカエルは驚いたのか目を見開く。


「、、いくら嫌ってても、俺の方からは親切に接してるからね。図書館で嫌がらせしてきたときも、ミカエルが庇ってくれたからとはいえ、ヴァイオリンの先輩は一応謝っただろ。

、、こちらが親切にするのに思い切り邪険にできるほどあの人度胸なさそうだ。周りの学生も見てることだし。」


「確かに。驚きました。短期間で周りのことをそこまで見ているなんて。、、、まだ苦しいですか?ヴィオラ、私が取ってきましょうか?」

ミカエルは感心したが、明の息がまだ荒いのと、水色のシャツに包まれた薄い、筋肉も肉も殆どなさそうな胸が速く動くのを見て、心配になった。自分も片膝をついて目線を合わせて訊ねる。


「、、俺に話があったんじゃないの?お前の目力強いから睨まれてるとわかるよ。」


明は体調についての質問は無視し、ミカエルに逆に訊ねる。


「睨んでません。目つきが悪いので。。よくそう言われますが。

、、知り合いに日本人のチェンバロ奏者がいて。他にチェロやヴァイオリンも加えてバロックアンサンブルをやりたい話があって。

、、、ヴィオラが必要なんです。明日の午後、時間はありますか。」


「、、楽譜は?もらった?

、、日本人でチェンバロ奏者かあ。。日本人でヨーロッパで弾いてるやつのほうが珍しいみたいだけどそんな人がいるのか。会ってみたい。明日の午後は夜なら大丈夫。」


明はまだ少し息は切れていたが、胸が苦しかったのは治ったようだ。顔色が青ざめていた状態から通常に戻っていて、ゆっくり立ち上がり、舞台に足を向ける。


「ああ、ちょっと!、、私はここにいますから。少しならここで待ちますが、彼らとゆっくりするなら残りは寮で話します。お大事に。」


ミカエルはいつもの強気な態度が嘘のようにそそくさと話すと、幕にさらに入っていこうとする。明はミカエルの肩に手を伸ばし、がっしりと片手で掴む。


「痛っ!!、、小さいクセにそんなに力があったんですか、明?」


ミカエルは明の手が思いのほか、力が強いので掴まれた肩が痛く、振り返り立ち止まる。


「地雷を踏んだね。今度小さいとか言ったらブラートヴルストのフルコースでも連れて行って全部お前に食べさせるから。、、あと、俺のヴィオラ、フルートより重いと思うんだよね。いっつも身軽なフルートの人にはわからないだろうけど?」


明は口元こそ微笑んだままだったが、小さいとミカエルが言った途端に切れ長の黒い瞳が据わってしまい、ミカエルを鋭く見上げてくる。


明が怒ったのは図書館の件で喧嘩した以外には見たことが無かったし、あの時はミカエルも怒っており気には止めなかった。しかし、今回はドイツ人には無い、微笑んだままの怒りというのがあり対応がわからず寒気を感じそうだ。


「、、ブラートヴルストだけは、、あれは口に入れただけで吐きそうになります。。、、小さいと言ったのは謝、」


「だから、、身長に触れるなってば。

、、ちょうど良いから輪に入ってみたら?小さいって言った罰としてさ。俺の通訳しろよ。ブラートヴルストは嫌だろ?ね?」


「、、はい。。」

ミカエルは大嫌いなブラートヴルストが食べたくないこともあり、明の怒りにも推されて足を舞台に向けた。

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