第6話

明は、寮の部屋に毎週のように放課後インタビューに来る、文芸学科のコンスタンツェ、通称スタンツに今日もコーヒーを出した。


「いつもありがとう!放課後って授業後で疲れてるからさあ。助かるなあ。」

スタンツは、焦茶のショートカットがよく似合う、明るく凛とした美しい顔立ちを綻ばせ、ちゃっかりとテーブルに付属の椅子に座り、コーヒーに口をつける。


「でも、俺への、、10年ぶりの日本人留学生への取材は昨日で終わっただろ?今日は暇つぶしに来たの?」


「ああ、そうなのよ。アキラってさ、シュルツくんのルームメイトでしょ?入学して2年間、ずーっと音楽学部の特待生で、毎月のようにコンクールで実績出したりプロと共演してる、フルートの。

シュルツくんって優秀で目立つけど、無口だしあまり他人と関わらなくて。取材をほかのメディア部のメンバーも申し込んだけど断られちゃうのよねえ。」


「俺にミカエルに取りなせってこと?

、、スタンツにはドイツ語も助けてもらってるし良いけど、、確かにあいつそういうの嫌いそうだからなあ。」


明は、話しながらスタンツの真正面に座り、今日も放課後は忙しく、来月のコンクール入賞者のコンサートのためのピアノ合わせで部屋にいないミカエルのベッドを見つめる。


「お願いよ!!メディア部でもずっと取材したかったのもあるけど、、彼、フルートにしか関心ないのかと思ったら、教養科目の英詩の授業が一緒でね。キーツのそんなに有名じゃない詩をすらすら暗記していて、解釈もきちんとしていて文学部の教授と議論していたわ。びっくりした。話したら面白そう!」


「ミカエルは勉強も好きみたいだからね。そこの引き出し、外からは綺麗に見えるけど中は本がギチギチに入ってるし。楽譜も山のように集めてるけどね。

、、まあ、帰ってきたら少し取材のこと話してみるよ。」


明が話していると、タイミングよくドアが開く。予定より1時間半早いようだ。


「あれ?ミカエル。早いね?」


「、、ピアノ合わせの後に木管アンサンブルの予定もありましたが、風邪で欠席者がいて別日に。、、また明の取材ですか。お疲れ様。」


ミカエルはスタンツをあまり関心なさそうに一瞥してから中に入り、自分のベッドに座ってから、初夏のため少し汗をかいたのかプラチナブロンドの片目が隠れるほど長い前髪を片手でかきあげた。


「シュルツくんって綺麗な顔してるのね!!前髪長くてあんまり顔見えないから初めてきちんと見た!!、、すごーい。瞳は澄んだアイスブルーね。なんかモデルさんみたいな顔してる!」


スタンツは、ミカエルの顔を初めてきちんと見たらしく、驚いてミカエルに近寄りまじまじと見つめる。


「うわっ!!ちょっと、、名前知りませんけどメディア部の人、、近いっ、、女性がそんなに男に近寄るのは不躾じゃ、」


ミカエルはスタンツがミカエルの足元に這うように近寄り見上げるので思わずのけぞり避ける。


「前髪切るか分けたら??片目が見えてるだけでもハンサムだけど、きちんと顔が見えたらフルートの演奏活動ももっと有名になるわよ。フルート上手い上にカッコ良いなんて。ね、アキラ?」


「、、前髪、そんな長いと夏は暑いんじゃない?なんか後ろもちょっと長いし。切るのめんどいの?」


「、、そのうち気が向いたら切りますが、別にこの髪型で問題ありません。

で、あなたは?何学科の誰で何年生?」


「ああ、やっと私の名前聞く気になったのね!!私はコンスタンツェ•ライヒェルト。

文芸学科の2年でメディア部。あなたやアキラと同学年。専攻はドイツ近代文学よ。」


「そうなんですか。で?今日もアキラの取材ですか。私はここで転がってるかもしれませんがお構いなく、」


ミカエルが話を切り、フルートケースを机に置き、カバンを椅子に置いてからベッドに寝そべろうとするので、スタンツが身を乗り出して叫ぶ。


「違うの違うの!音楽学部きっての有名人のシュルツくんの取材をしたいの!!1人で話したくないならアキラと一緒でも良、」


「断ります。別に話すことも特にないので。演奏会の宣伝なら勝手に掲示板に貼りますから。」


「じゃあさ、指導に行ってるジュニア吹奏楽のファゴットのメンバーが足りてない話でもしたら?メディア部の記事ってベルリンの市内でも配布されるし。人が集まるかもよ。」

明は、予想通りにミカエルが取りつく島もなく断るので援護を入れる。


「、、なるほど。それは良いかも。宣伝中心で良ければ。」

ミカエルはその気になったらしく、眠そうな顔ではあったが身を起こした。

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