第5話

「、、こんにちは。来週からヴィオラ科に入る中本ですが。ミカエルの先生ですか?」


明は、壮年の男性からも気まずそうに目を逸らすミカエルをちらちら見つつ、壮年の男性にも目を合わせ、名乗る。壮年の男性は、ミカエルより少し背が高いが小太りかつ柔和で品がある雰囲気で、年季が入っていそうなフルートバッグを肩から掛けている。


「ああ、やっぱり!うちの大学でも10年ぶりの日本からの学生で話題になってるよ。こんなに華奢なのに力強いしっかりした音色でヴィオラを弾くとか。私はジュルジュ•ソランジュだよ!フルート科でミカエルを見てるんだ。宜しくね。」


ソランジュのドイツ語はフランス語訛りだ。名前やフルーティストなのも含め、フランス人だろう。明は握手をする。随分気さくな人柄で門下生のミカエルとは対照的だ。


「先生、こんにちは。本が重いので道を急ぎます。また午後にレッスンに伺いますね。」


ミカエルは不機嫌は拭えないまま、一応は礼儀正しく話すと、先に歩いて行ってしまう。


「えっ!!おい!ミカエル!!」


「アキラ、良かったら学食でお茶でもしないかい?

、、ミカエル以外にまだ同級生とも話していないだろう?ヴィオラ科やフルート科の生徒を紹介するよ。」


ソランジュは明の本を数冊持ち、先に歩き出すため行かざるを得ず、明は困惑しながら後をついて行く。




「あの、、さすがに全て払って頂くのは悪いですよ。気持ちは嬉しいのですが。」


ちょうど昼時だったので、2人は学食に入り、ランチを食べたが、学食のメニュー表もぱっとは読めない明を見て、ソランジュは好みを聞いて判断してメニューを注文した上、払ってくれた。

問題は、全額赤の他人の初対面のソランジュから奢られているのと、ドイツ人サイズで明にはとても食べられない量であることだ。


「そんなに痩せていると弾くときにも疲れてしまうよ。さあ、気にせずに食べて。」


「は、はあ。。。」

明は恐縮しつつ、スープだけでも自分の拳が2個分のサイズなのを見て困惑したが、勇気を出してスープから手をつける。


「、、ミカエルと喧嘩していたね。君、優しそうなのにあんなにミカエルに言い返せるなんて凄いよ。、、2人とも引かない感じだったけど差別は許せない,ってミカエルが言っていたね。何か困ったことがあった?」


明とソランジュはしばらくは互いの出身地の話や楽器を始めたきっかけなど、他愛なく話していたが、明がスープをなんとか三分の一飲み、白身魚フライを二口食べたところでソランジュが訊ねる。


「、、図書館で並んでいたら、わざとぶつかられて列を抜かされて。明らかに俺やミカエルよりも年上で体格も良い学生でした。

正直、空港や街中でもそう言うのはあったから穏便に、無視して済まそうと思ったのですが、ミカエルが怒ってくれて。

それは嬉しかったけど、、トラブルになりそうになったので、もうやめてほしいと伝えました。」


明は顔を上げて食べるのをやめ、ソランジュの目を見て話す。


「ミカエルは筋が通らないことが嫌いだからね。それは怒るだろうな。

、、話を聞くと、自分が差別されたことにはそんなに怒ってはいないんだね。、、でも君はオドオドはしてないから諦めてるようでもない。

、、ミカエルも巻き添いを食いそうで嫌だったんじゃないの?」

ソランジュに気持ちを言い当てられ、明は苦笑する。


「言ったように俺はアジア人だからまあよく嫌な目には逢うけど、、ミカエルまで嫌な目にあう必要ないですからね。

、、ミカエル、いつもあんな調子なんですか?しかも、話したことある上級生みたいなのに名前も覚えてないみたいだった。 あれで無口で無愛想じゃ確かに反感は買いますよ。。」


「ミカエルのことが心配で君が怒ったなら、ミカエルにそれを言わないと。あれじゃ君がトラブルを避けたいだけにしか聞こえなかったよ。」


「、、ミカエルは筋を通すのが好きみたいだから,そう言ってもまた殴られても構わない、って言われるだけじゃないですかね?」


明はソランジュから目を離し、サラダに少し口をつけた。


「、、ミカエルは確かに個性的だけど、君と同じ若い青年だよ。それに彼は、、孤高なだけじゃなくて孤独だった。人からの思いやりや愛情を求めているはず。

だから、本心から心配されていると分かれば、話を聞いてくれるんじゃないか?

それに、私は、君とミカエルにこれからも友人であってほしい。ミカエルの演奏にもきっと良い影響を与えてくれる。君は優しい良い青年だ。」


「、、、孤独?ミカエルは単に人に関心がないんじゃ?」

明は顔を上げて尋ねたが、ソランジュがいきなり後ろを向き手を振るので何かと見ていると、明が着く予定のヴィオラ科の教授と、彼女の学生であろうヴィオラケースを持った学生数人がこちらに向かってきた。

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