第6話 新しい生活

 ロランゼール

 エグザミア皇国の南部に位置する巨大な都市。

 人口は1000万人にも上るこの街はエグザミア皇国の中でも有数の商業都市なだけでなく芸能業も賑わっていて世界のエンターテイメントの本場。

 さらに街の郊外には空港や港がありエグザミア皇国の玄関口の一つという側面もある。


「すごいすごい!感動だわ!こんなに賑わってる場所もあるなんて!」


 先ほど強盗団に襲われた人間とは思えないほどの元気を見せるミナミは先ほどから興奮を隠しきることができないようだ。ミナミ自身この世界に来る前、日本で暮らしていた時は東京で暮らしていたため都会には慣れているつもりだったがここは全てが新鮮だった。

 確かに高い建物が並んで一見現代風に思えるがやはりどこか雰囲気が違う。

 建物の雰囲気だけでなく街行く人々の姿も普通の服を着ている人もいれば全身に鎧を着た騎士のような人間に剣や槍を持っている冒険者風の人間たち。少し耳のとがったエルフや小さい体のドワーフなどがさも当然のように歩いている。

 彼女が思い描いたファンタジーの住人がすぐそこに歩いているのだ。

 興奮するのも仕方がない。


「すっごーい!ねぇねぇアズミヤ君!あの飛んでる戦艦みたいなのは何!?」

「あの、ぐふっ、待ってください、カツラギさん、おえっ」


 そしてこちらも、先ほど強盗団を圧倒した人間と同一人物とは思えないほど憔悴し今にも溶けそうになっているソルという名の黒いぐにゃぐにゃした物体がそこにいた。というかもう半分溶けている。


「ねぇねぇ!あれ何なの!?」

「えっ?ああ、航空艇ですか?」

「航空艇っていうのね!すっごーい!あんな大きなものが空飛んじゃうのね!」

「えっ、いや、航空艇なんてそこらじゅう飛んでると思いますけど...」


 航空艇を見て大はしゃぎするミナミにソルは困惑していた。

 航空艇もないのにミナミの世界の人間は国をどうやって移動しているのか少し気にはなったがそんなことよりも彼は早くこんな人込みから抜け出して涼しい室内に行きたくて仕方がない。

 ただでさえ人込みが苦手なのにこの日差しは到底耐えられそうない。


「もうっ!せっかくこんな大都市に来たのにアズミヤ君はわくわくしないの!?こんなにも映えそうなところがたくさんあるのに!」

「人込みは苦手なんです...ていうかここの人たちみんな明るそうでなんか場違いな場所に来たような気がしておえっ、暑い...きっとこのまま溶けて下水と混ざって死ぬんだ...」

「全身真っ黒だからじゃないかしら...」


 基本的にソルの服は黒いシャツに黒いズボン、そして黒いフード付きのロングパーカーとお前はどこの秘密結社なのだと言わんばかりの服装をしているため皮肉なことに太陽の光を大量に集めてしまっている。本人はカビが生えそうなほどじめじめしているのに。


「あっ、ここですね冒険者協会ロランゼール支部」

「大きい~!けどなんだか普通の建物...」

「えっ?あっはい。普通ですよ?」

「こういうのって煉瓦で作られてて煙突があって中は木製じゃないの!?」

「え、いや、ファンタジーの世界だとそうだと思いますけど...」

「魔法使える人たちがそれ言うの!?」


 なんだか自分のいた世界とあまり変わらないとこにかなりのショックを受けぶつぶつと言うミナミを不思議そうに見るソルと何とか折り合いをつけたミナミが中に入るとそこには数か所の受付と併設されている休憩所、もとい酒場で飲んでいる冒険者が何十人もいた。

 ああ、これだこれだとミナミは胸をなでおろす。

 この辺はよくライトノベルやアニメで見た異世界もののお約束なのだと。

 ちなみにソルはたくさんの知らない人間がいることに緊張し変な笑顔で固まりながらミナミを盾にして居る。

 ミナミが建物を見渡していると大きなモニターに何か情報が書かれていた。

 本日の総依頼数という項目とそれぞれEランクからAランクまでランク別の依頼の数と地域別の天気情報、魔物の活性化情報など冒険に役立つ情報が様々乗せられていた。

 しかしそれよりも目を引くのはそのモニターの下にある何台もある妙な端末で、何人もの冒険者がそこで何かの紙を印刷した後に受付に持って行っている。


「ねぇアズミヤ君、あれなぁに?」

「えっ?ああっ、クエストボードですか?」

「何って言ったの!?」


 ミナミはソルの顔を両手で固定して詰め寄る。

 どうでもいいことに思えるがミナミにとっては常識がひっくり返る異常事態なのだ。


「ああああああれがクエストボードなの?で、でも機械じゃない!?がっつり機械じゃない!?」

「く、クエストボードが機械なんてあたりまえじゃないですか...」

「違うの!クエストボードっていうのはボードに紙の依頼が張り付けられるものでしょ!!」

「な、何年前の協会の話してます?い、今は田舎でもたぶん全部機械ですよ...」

「いやぁぁぁぁぁぁ!私の異世界イメージがぁ!!こんなの市役所とか銀行と変わらないじゃない!」

「えええ?まぁどこも機械は使ってると思いますけど...」

「そういうことじゃない!もう!アズミヤ君には言ってもわからないわよ!バーカバーカ!」

「す、すみません...」(あれ?僕が悪いの?)


 ミナミが何にキレ散らかしているのかソルには理解できなかったがなんだか申し訳ないような気になった。

 ギャーギャーとひとしきり騒いだ後二人は別々の窓口へと案内されることになった。


「初めまして!ロランゼールへようこそ!受付のジェシカです!」


 金髪の髪を編み込んで一つにまとめて制服をピシッと着てスマイルする受付嬢にソルはまた顔が崩れそうになる。こんな陰キャぼっちマンにも営業スマイルで対応しないといけないなんて大変な仕事だ...とソルは頭が下がる思いだ。


「あっ、その、活動申請を」

「はいっ?」

「かっ!活動申請したくて!」

「あっ、はい!活動申請ですね!それではこちらの書類に記入と冒険者カードのご提示をお願いします!」


 活動申請とは冒険者が初めて街を訪れた際、その街で冒険者活動をするために各地の協会支部へ届け出をしなければならない。申請を行えば冒険者協会の各種設備を使うことやその地域にある迷宮への立ち入りが許可される。この申請を行わなかった場合には罰則や罰金の対象となる。


「えーとソル・アズミヤさん。出身はムラクモ皇国で歳は18歳...」

(受付さん可愛いなぁ...)


 なぜか分からないが冒険者協会の受付は美男美女が多い。

 ジェシカも例に漏れずキラキラと輝いておりソルは顔がニヘェーとだらしなく緩んでいた。

 こんな人とデートできたら楽しいだろうなぁと男子特有の気持ち悪い妄想をしながらきっとほかの人たちもそうなのだろうと受付の後ろにある事務所を覗き込むと、なぜか黒髪の男性が磔にされて今にも火破りにされようとしていた。

 ソルは状況が分からず茫然として居たが目の前のジェシカもほかの受付も、それどころか冒険者たちも気にも留めていなかった。

 自分がおかしいのだろうかと一瞬思うが、自分の横で冒険者登録をしているミナミもその光景を見て呆けていたため彼がおかしいわけではないらしい。


「てめぇまた書類忘れただろオラァ!」

「毎回毎回おんなじこと言わせやがってこの野郎...舐めてんのかコラァ!」

「いやほんと、今回はちゃんとした理由があったんだって」

「理由があったって遅れていい理由にはならねぇだろうが!」

「ぶち殺すぞゴラァ!」


 黒髪の男性の周りには受付や事務員などが大挙して男に暴言を浴びせている光景にソルは今にも泣きそうになっていた。受付嬢に不純な気持ちを持ったことがばれたら自分もあんなことになってしまう。


「アズミヤさん?どうされました?」

「気持ち悪い妄想してすみませんでした...」

「何の話ですか!?」


 受付嬢は後ろをちらっと見た後納得がいったようにソルにまた笑顔を見せた。


「あー!気にしないでください。うちの支部っていつもこうなんです」

「い、いつもこうなんですか?」

「はい。あっ、ちなみに磔にされてるのは支部長です」

(支部長なの!?)


 いったい何があったらあんなことになるんだろうか。


「えーと、アズミヤさん。まだ今年の健康診断と身体測定されてないですよね?」

「あ、はい」

「だめですよ~ちゃんとしないと。ちょうど今空きがあるので本日ご予定がなければ受けていかれますか?」

「あっ、そうですね。はい」

「それでは1000クレインいただきますね」


 ソルが提示された金額を払ったとき、冒険者登録するのには手数料が必要ということを思い出しミナミは代金を持っているのだろうかと隣を覗き込むと彼女は固まっていた。


「トウロクリョウ?」

「はい、冒険者登録には諸々合わせて2000クレイン必要になりますね」


 ミナミは笑顔のまま完全に固まってしまい目からは光が急速に失われていった。

 あんな大変な思いをしてここまで来たのに最後の最後でまさか代金が足らないなんて事態が起こるなんて予想もしていなかったからだ。


「あああばばばばば...」

「あ、あの~?」

(だめだ見てられないっ!)

「あ、あの。その人の手数料、これで」


 ソルは横からにゅっと手を出してミナミの登録代金を支払った。

 さすがにここまで来て見捨てるほど薄情な人間ではないし、光のない目からだばぁっと涙を流す彼女をこのままにするときっと夢にまで出て来てしまうと思ったのだ。


「あずみやぐんんんんんん」

「あ、あはは、余裕ができたでいいんで...はい」

「ごめんなさいぃぃぃぃぃ!絶対返すからぁぁぁぁぁぁぁ!」


 感激に打ち震えながらソルを抱きしめるミナミ。普段なら恥じらいと美少女に抱き着かれているという事実にソルの体は爆発四散しているところだが今は彼女が不憫すぎてそんな気分にならないのが幸いか、それとも不幸か。 


◆◆◆


「はぁ...やっと終わった...」


 あれから3時間後、辺りはすっかりと暗くなりソルは冒険者協会が運営している宿へ向かっていた。

 今日は本当にいろいろなことがあった。ミナミと出会って電車強盗を撃退し新しい街での新生活、ミスラと別れたのがもうかなり昔のことの様だ。


「ミスラ元気かな...」

「おーい!アズミヤくーん!」


 ソルが想いに耽っていると後ろからミナミが元気に走ってきた。

 その様子を見るにどうやら試験には受かったようだ。


「お、お疲れ様です...」

「見て見て!じゃーん!無事に私も冒険者になったわ!」


 自慢げに冒険者カードを見せる彼女は夜にもかかわらず強い光を放ち彼へ的確にダメージを与える。

 カードに貼られている写真もひきつっている自分の写真とは違いまばゆい笑顔を放っていた。


「まだまだEランクだけど、これからたくさん依頼をこなして速くランクアップするわ!もちろんお金もすぐ返すからっ!」

「あっ、ほんとに大丈夫ですよ?」

「ううん!借りたものはちゃんと返さなきゃ!お金だけじゃないわ!道に迷っていた時も列車強盗に襲われた時もずっとアズミヤ君に助けてもらったもの!今度は私がアズミヤ君の力になるから!」

「ぐえっへへ...まっ、まぁこれでもBランクなのでぇ...」


 ミナミは気にしていないがデレデレしてもっと褒めてオーラを全開に出している彼は最高に気持ち悪い。


「冒険者になったからには少しは鍛えなきゃいけないわね...でも体重増えちゃうのはなぁ...身長もせめて160は欲しいし...あっ、アズミヤ君も身体測定したのよね!見せて見せて~!」

「ヴぇっ!?あっ、いいですけど面白くないですよ?」

「どれどれ......163センチ...」

「チビですみません...」

「48...キロ...?」


 ミナミは測定表とソルを何度も交互に見直す。まるで信じられないといった様子だ。


「アズミヤ君...ほんとに48キロしかないの?」

「多分...ちょっと瘦せたかなぁとは思ってたんですけど」

「痩せすぎよ!!48って...わっ、私より軽いじゃない!」

「あえ?えっと、健康的でいいと思います...よ?」

「よくなーい!乙女のプライドみたいなのが全然よくない!嘘よね!?信じない、私信じない!」

「あああああの、えっと、その、お、おやすみなさいっ!」

「あっコラっ!逃げるなー!!」


 ソルとミナミの追いかけっこは宿に着くまで続いたらしい。





 

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