第5話 明日へ向かう刃
「オラァ!そこの女座ってろ!」
「いやよ!」
ミナミは仮面の集団に臆することなく懐から長さ20cm程の片手杖を取り出して構える。
「この人数相手にそんな杖で何しようってんだ?」
「バカにしないで!こっちにはもう一人冒険者が居るんだから!ねっ!」
ミナミは笑顔でソルを見るが肝心の彼は泡を吹いてぶっ倒れて痙攣している最中である。
「こんな時に気絶しないで!?」
「頼みの綱ってそいつか?こりゃダメだろお前~!」
仮面の集団はげらげらと笑う。
状況は完全に不利だが、ここで引くわけにはいかない。せっかくの門出をこんな連中に邪魔されてたまるものか。ミナミは覚悟を決めて杖を振るう。
「フレイムバレット!」
杖の先から鋭い炎が発射され集団の一人に着弾して吹き飛んだ。
「やりやがったなこのアマぁ!」
襲い掛かってくる集団を引き続き魔法で迎撃していく。幸いにも車内が一本道のため相手は数を生かせずにごった返している。
「焦んな!粋がってるが初級魔法しか使えねぇはずだ!」
「バカにしないで!別の魔法も使えるわ!ファイアブレイク!」
今度は杖の先にバスケットボール程の大きさの炎の球体を出現させて発射し着弾した瞬間爆発して何人かを吹き飛ばした後も標的に燃え続けやけどを負わせた。
「そこそこやるってか?でもそれ以上の威力は出せねぇよな?」
「くっ!」
確かにファイアブレイク以上に威力のある魔法を放つことはできるがそうすると車両自体が吹き飛ぶ恐れがあり、ほかの乗客も巻き添えを食う可能性がある。
「今度はこっちの攻撃も味わいな!」
男が号令をかけると後ろにいた銃手と魔法使いが一斉にミナミに向かって攻撃を開始し車内は矢と魔法が飛び交う戦場と化した。
乗客の悲鳴が響き渡り、ミナミは最後尾に移動して座席を遮蔽物にしながら魔法を撃ち返すがじりじりと差を詰められていく。
魔法使いの彼女が接近戦に持ち込まれると勝ち目はなくなってしまう。
「中々しぶといじゃねぇか、おい!あれ使え!」
男がそう指示すると部下の人間が爆弾のようなものを床に投げるとそこから黄緑色の煙が車内を覆った。
煙幕かと身構えると急に体がしびれて動かなくなっていくのを感じた。
「かっふっ、くっ...」
「特性のしびれ毒の感想はどうだ?効果はそんなに長くないが即効性に優れてるんだぜ?」
顔は見えないがおそらく笑っているのであろう男が静かに歩いてくる。
おそらくこの毒を使うつもりで仮面をつけているのだろう。
呼吸すら苦しい今の状況で魔法を使うのは不可能に近いうえ、そもそもこの状態で火炎魔法など使ったら粉塵に引火する恐れすらある。
完全にミナミの行動は封殺されてしまった。
「さぁ、お楽しみの時間だぜ?」
ゾクっという悪寒がミナミの体を駆け巡る。この後に起こることは彼女にも想像に容易い。
何かないかと必死に見渡した時に目に入ったのは未だに泡を吹いてぶっ倒れているアメーバ野郎だった。
「アズミヤ君!起きて!」
もう彼に頼るしかないと必死に声を掛け、その様子を見る男はまた笑い声を上げた。
「お願い、助けてっ!」
毒のせいで体が動かない中心の底から絞り出した声に呼応するかのように、彼は目覚めた。
顔面が一体どうなったらそうなるのかという崩壊していたが。
「あっ、ええええ?あのあのあの!どういう状況です!?」
「もう!バカ!今大変なのよ!」
「ちっ!起きやがったのかよ!」
男が持っていた分厚い斧を彼に振り下ろした。
渾身の力で振り下ろされた斧は座っていた座席を粉々に粉砕したが、彼の無残な死体はその場にはなかった。
「いいいいきなりなんですか!ああああぶないですよ!」
彼はいつの間に移動したのかミナミの横で腰を抜かしていた。
彼が気絶していた席からミナミの居た最後尾までは少し離れておりどう頑張っても今の一瞬で移動できる距離ではなかったはずだ。
「てめぇいつの間にそこに!」
「いやあの、びっくりしたので飛び上がってしまって...」
なんだこのふざけた野郎はと仮面の男は思ったがすぐに部下に号令を出して弓や魔法でソルを攻撃し始めた。
しかし、彼はそれら全てを完璧に避け始めた。体を逸らし、壁と座席を蹴り空中で器用に体を回転させ、あらゆる角度から放たれる攻撃すべてに対応して見せた。
これだけでもおかしいが何よりおかしいのは、しびれ毒が蔓延しているこの車内でどうしてそんな動作が可能なのかだ。
実際にミナミや乗客は体がしびれ一歩も動くことができないのにソルだけは何の異常も見られない。
毒を防ぐマスクや仮面もないため吸っていないということはあり得ず、吸ったうえであの動きをしていることになる。
「な、なんでそんなに動ける!毒が効いてねぇのか!」
「あっ、これやっぱり毒だったんですね。変な匂いするなぁとは思ってたんですけど...」
目を逸らしながらもにょもにょと言い放つソルに男は苛立ちを隠せない。
「ふざけんな!おまえっ、毒耐性なんて反則だろうが!」
「ひっ!すいません!あのえっと、実家でちょっと...」
「お前の実家なんなんだよ!?」
「あの、えっとあの、すいませんっ!」
ソルはなぜか謝罪した瞬間、その場から飛び出しながら懐から複数のナイフを壁に向かって投擲する。
適当に投げたかと思われたそのナイフはいくつもの方向に反射し男の後ろにいた魔法使いと弓兵に突き刺さった。
ソルはそれには目もくれず目の前にいるリーダーらしき男へ刃を振るう。
「くっ!この野郎!なんなんだてめぇは!」
男はソルの剣を斧で何とか防ぐがなぜか筋力で押し負けそうになっていた。
その剣は黒い片刃の厚い刀身に剣先の少し下の部分がなぜか内側に抉れている特徴的な剣だった。
逆手でその剣を持ちながら高速で床だけでなく壁、天井、座席とこの狭い空間を三次元的に、それも超高速で動く彼に男はすっかりと翻弄されてしまっていた。
「すごい...」
ミナミはその光景にすっかり目を奪われていた。
もはや姿を捕えることができないほどの速度で狭い車内を縦横無尽に駆け回る彼の姿はまるで彼女が思い描いていたヒーローの様で、さっきまで泡を吹いて倒れていた情けない男とは思えなかった。
「させるか!」
ヤケクソで男が振るった斧を、ソルは冷静にいつのまにか左手に持っていた魔物の爪の様なナイフで受け止め、弾く。
そして、そのまま剣で男の腹を切り裂いた。
「ごばっ!くっそっ!痛てぇ!痛てぇよ!」
「あ、あの、じっとしないと血が噴き出して死んじゃいますから、あのあのあの」
「助けてくれっ!死にたくない!死にたくない!」
「あああ諦めてくれますか?」
「諦める!もうしない!降参するから助けてくれぇ!」
ソルは泣きわめくリーダーを治療した後、リーダーの指示で降伏した仮面の強盗団から運転手を開放することに成功し列車は再び正常に動き出すことになった。
「あああの、大丈夫ですか?」
「ええ、もう毒もほとんど抜けたし大丈夫」
幸いなことに毒は数分で抜けきってしびれも残ることはなかった。
ミナミとソルはまた二人で向かい合って座ってロランゼールに到着するのをただ待っていた。
「アズミヤ君すごいのね、一人で全部倒しちゃった」
「え、えへへへ。まぁこれでもBランクなので...」
「でもそれなら気絶せずに最初から倒してほしかったなぁ~」
「調子乗ってすみませんこの度は大変ご迷惑をおかけした次第でございます」
「ふふふっ、でも助けてくれてありがとう」
窓から夕暮れの光が差し込んで、彼女の笑顔は神々しく輝いていた。
その笑顔を直視できずに窓の外へ視線を逸らすと目的の都市であるロランゼールが見えてきた。
少女はどんな冒険が待っているのだろうかと希望を胸に。
少年は一人でやっていけるのだろうかと不安と緊張、吐き気を胸に。
それぞれの想いを胸に抱いた若人たちを乗せて列車は明日へ向かっていく。
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