第4話 別の世界

「ほんとにごめんなさい!絶対返すからね!」

「あっ、いえ、全然大丈夫です」

(さすがに放っておけないし...)


 町に着いていざ列車のチケットを買おうとした時、ミナミの所持金が足りないことに気づきソルが立て替えて払ったのだった。

 目の前でこの世の終わりのような顔をした美少女に綺麗な土下座をされたら誰だって払うだろう。


「ねぇねぇ、アズミヤ君って冒険者なんでしょ?冒険者ってどんなことするの?私簡単にしか知らないの」

「あっ、えっと、基本的に冒険者協会っていう冒険者を統括する場所が全国にあって、そこで依頼を受ける感じです」


 冒険者の依頼は多岐に渡り、市民の雑用や害獣退治から魔物の討伐。迷宮での素材調達や調査などとても言葉では説明しきることはできない。


「依頼の種類は色々あるんですけど、最初はお使いとかネズミ退治とかがおすすめだと思います」

「どの世界でも下積み時代ってあるのね〜。アズミヤ君も最初はそうだったの?」

「あっ、はい。そうですね。僕もミスラ…いや、なんでもないです」


 ミスラの名前が出そうになったが何とかこらえた。

 彼女のことは今関係ない。きっとこれからも関係ないだろうと。


「アズミヤ君はロランゼールに行ったことある?」

「いえ、ないです」

「何か名産とかあるのかしら」

「タガスとかバースドッグとかピザとかですかね」

「ピザしか分からない...思ってたけどエグザミア皇国ってちょっとアメリカみたいね」

「アメリカ?」


 ソルが聞き返すと彼女は少し懐かしそうに話してくれた。

 ミナミは事故に遭った後、気が付いたら森の中に倒れていて、魔物に襲われそうになったところを魔法使いに助けられしばらくお世話になっていたのだという。

 ミナミの居た世界では魔法が無く魔物もいないし冒険者もいない、さらに言えば女神もいない不思議な世界らしい。

 そんな物語のような話本当にあるのだろうか?とソルは訝しむ。


「信じられない?」

「えっ!?いや、そんなことないです」

「そうよね、いきなり異世界から来たーなんで信じられるわけないわよね」


 噂話として聞いていたら信じることができなかったかもしれないが、目の前の彼女の顔が本当に懐かしそうに、そしてどこか寂しそうにしていたからソルは信じてみようと思った。


「帰りたくならない…ですか?」

「…帰りたいって思うこともあるわ。16年生きてた世界だし、友達も居たもの。それに、お母さん一人にさせちゃった…」


 そう言う彼女は窓を眺めてしまい表情は見えなかったが、どこか悲しげだった。

 とても母親が大切だったのだろう。

 もう会うことのできない大切な母を思う気持ちはソルにも痛いほどわかった。


「ごめんなさい、悲しくなっちゃったわね!アズミヤ君こそ出身は?」

「えっ?あっ、僕はその、ムラクモ皇国の田舎です。はい」


 ムラクモ皇国とは女神アマネが治める国で刀や槍など特徴的な武具を作っている島国で水の国と揶揄されることもある。ほかの大国とは文化が大きく異なることでも有名だ。

 ソルからムラクモ皇国の話を聞いたミナミはまるで自身が生まれ育った日本のようだと親近感を持っていた。


「近いうちにムラクモ皇国にも行きたいわね」

「あっ、都市部は良いと思いますよ。田舎はやめといたほうがいいですけど」


 ソルの頭に忘れ去りたい記憶がフラッシュバックする。

 かつて一人だけいた友人と、家族同然の女性が死んだ時のこと。

 いつもこうだ。

 何かをしていないと昔のことを思い出すから何もしていない時間が嫌い、ミスラと居る時は忙しくて昔を思い出している余裕なんてなかったのに。


「女神様が直接治めてる都市は安全ですけど、大名たちに自治を任せてるところは戦争ばっかりで大変ですから」


 そう言うソルの顔は暗かったためミナミはそれ以上聞くのはやめた。

 それぞれの国には女神が直接治めている神都と広大な土地を治めるために女神が任命した地方を統括する領主や大名などが居る。

 ムラクモ皇国の女神アマネは闘争が国を強くするという考えを持ち、大名同士の戦争を許可しているためムラクモでは日々戦争が起こっている。

 各地の大名は熾烈な領地争いに勝利するために兵士の育成や技術革新が行われておりムラクモ出身の冒険者は実力派だと噂だ。

 もちろんソルの噂はない。


「早く着かないかしらロランゼール!早く冒険者になって友達と一緒に色んな所に行きたいわ!アズミヤ君はお友達とどんな場所に冒険したの!?」


 友達という言葉を聞いてソルの頭に電流が走る。何を隠そう、というより隠すまでもなくこの男に友達などいない。

 しかしそれを正直に言うのはすこーしだけ残ってる彼の自尊心的なものが全力で止めようとしていた。


(大丈夫さ、カツラギは俺のことを知らないんだから適当に話盛っておけばいいんだよ)


 もう一人の自分が語り掛けてくる。

 確かにミナミは自分のことをまだ何一つ知らない。陰キャぼっちアメーバから卒業するならここしかない。

 今ここでやらなきゃ一生変わることなんてできない。


(ここからお前の人生は始まるんだ!さぁやろうぜ!)


 もう一人の自分の鼓舞を受けてソルは意気揚々とミナミへ言葉を紡ぐ。

 自分は友達がたくさんいて休日にはみんなでバーベキュー、夜は朝までダンスパーティー。依頼を行うときも仲間と一緒にうぇーいってな感じで大騒ぎ!超クールでスーパークレイジーな冒険者だ!

 という妄想を繰り広げていると目の前にいたもう一人の自分が真っ二つになって血を吹き出して死んだ。


「はぁ?バカなんじゃないあんた」


 そこには返り血まれになったミスラが立っていた。


「えっ?何でここに」

「そんなことどうでもいいの。それより何?さっきから聞いてたらさぁ、気持ち悪い妄想垂れ流してんじゃないわよ」


 そう言ってミスラは彼の横にドカッと乱暴に腰かけ、彼の髪を乱暴に掴んで強引に目を合わせる。


「あんたが陽キャ?友達がいっぱい?笑い話にもならないんだけど。あんたみたいなグズでどんくさくて無能で陰キャで挙動不審で地味で甲斐性無しのあんたが今更変われると思ってんの?無理無理、あんたは一生一人で孤独に生きていくのよ。ほら繰り返しなさい?ボクは無能で臆病者で何もできないクズ野郎ですって、ほらっ、言いなさいよ。私がいなきゃ何も出来ないって」


 抵抗できないように彼女はソルの頭を壁に叩き付けて押し付ける。きっと繰り返すまで彼女はやめてはくれないだろう。早く彼女の言う通りにしないともっとひどいことになる。

 いつものことだ。

 自分が分不相応なことをやろうとしたから怒られているだけだ。彼女は何も悪くない、自分が悪いのだから。


「僕は...」

「アズミヤ君~!アズミヤ君大丈夫~しっかりして~!!」


 気が付くとミナミが自分の体を掴んでガクンガクンと揺らしていた。


「あれ?ミスラはどこに?」

「ミスラって誰?あなた急に俯いて笑顔になったと思ったら泡吹いて白目になってたのよ!」


 辺りを見渡すとどこにもミスラの姿はなく殺されたもう一人の自分の姿もない。


「あっ、なんだ。幻覚か、よかった」

「全然よくなーい!泡吹いて倒れる幻覚が大丈夫なわけないじゃない!」

「大丈夫です大丈夫です、泡なんていつも吹いてますから...」

「どんな日常送ってるの!?」


 今居たのがイマジナリーミスラで本当によかったと胸をなでおろす彼を見てミナミはものすごく不安になった。


(この人に頼んでよかったのかしら...)


 確かに常日頃から泡吹いて倒れてますなんて言われたら不安になるだろう。


『皆様にご連絡いたします。当車両は30分ほどでロランゼールに到着いたします。その次はなっ、なんだお前たちは!』


 アナウンスがプツンと途絶えたと同時に社内で爆音が響いた後仮面を剣や杖、弓で武装した集団がなだれ込んできた。


「てめぇら動くな!この列車は俺たちが占拠した!」


 突然のことに驚く乗客たちは怯えながら指示に従っていく。

 ミナミは毅然と奴らに対処しようと立ち上がり、ソルは顔面を崩壊させながら泡を吹いて気絶した。

 二人の新たな門出は前途多難である。

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