第2話 方向音痴な少女

 あてもなく歩いて丸一日

 舗装された道路を歩いていると彼の横を車が行き来して行く。

 魔力を動力とした乗り物は市民の移動には欠かせないものでソルもミスラと共同で持っていた黒いスポーツカーは置いてきた。

 次の街までは車で1時間、歩きではどれほど掛かるか想像するだけでもため息が出てくる。

 魔導電話も昨晩から歩き続けていたため魔力が尽きてしまい使用することができなくなってしまったため音楽を聴きながら歩くということもできない。


「うーん?こっちで間違えてないはずなんだけど」


 なんと自分のほかにもこんなところを歩いている物好きが居た。ウェーブ掛かったオレンジ色の髪の少女は地図と睨めっこをしながら何度も唸っていた。

 自分とは違い見るからに明るく活発、簡単に言うと陽キャな少女を見てソルはすぐに関わらないほうがいいと影の薄さを全開にしてそばを通り過ぎることにする。

 同期と一緒に居ても「誰だっけ?ていうか居たの?」と言われる影の薄さは伊達ではない。


「あっ!ごめんなさーい!ちょっといいですか?そこの黒髪の男の人ー!」

(えっ!?僕?)


 試しに振り向いてみると少女はソルの目をまっすぐ見て笑顔でうなずいた。


「そうそうあなたです!聞きたいことがあって」


 予想外の事態に目がばちゃばちゃと泳ぎ倒して焦点が定まらず滝のように冷や汗をかくソル。

 はたから見れば不審者確定、即通報案件だが少女は人と会えたことが嬉しいのか手を振りながら小走りでやってきた。


「よかったぁー!地図を見ても全然わからなくて人も全然いないから大変だったんです!」

「え、あ、そうですか」

「それでここがどのあたりか教えてほしいんですけど」

「ひやぁえっぴ!」


 地図を見せながら真横に並ぶ少女に思わず変な声が出てしまう。

 何を隠そう彼はミスラ以外の女性とほとんど話をしたことがないどころかここ数年ミスラ以外と会話すらしていない。


「サンフライの街に行きたいんですけど」

「えええっと、その、あれ?」

「どうしました?」

「えっと、たぶんなんですけど、この地図この辺の物じゃないです」


 ソルが見てみるとその地図は現在の地方ではなく別の地方の地図だった。

 何度見ても現在地が分からないのはきっとそのせいだろう。


「うそっ!?でもエグザミア皇国の地図だって」

「えっ、エグザミア皇国って大きいので地方別で地図出てるんです。今見てるのは国の東側の地図で、ここは国の南なんで全然違います」

「そんなぁ~バス代と列車代も節約して買ったのに~」


 だからこんなところを歩いているのかとソルは勝手に納得した。

 同時に自分も公共機関に乗ればよかったと同時にものすごく後悔をすることになったが。


「だからここからサンフライだと列車で5時間かかりますね...」

「5時間!?夜になっちゃう...どうしよう...ねぇ、このあたりで冒険者登録できる街知らない?」

「あっ、ここからだと海にあるロランゼールが近いと思います。はい、たぶん西に少し行った町から列車で1時間くらいかと」

「ほんと!?ありがとう!」


 ぱぁっと明るい笑顔を見た瞬間ソルは蒸発した。

 陰キャの彼が美少女の笑顔など見てしまったら陽のエネルギーが一瞬のうちに致死量に達してしまうのも無理はないだろう。

 彼にとって相性最悪の相手だ。


「本当にありがとう!またどこかで会いましょ!」

「あっ!あの!」

「どうしたの?」

「方向違います...」


 少女があまりにも意気揚々と反対方向に走りだそうとしていたので声を掛けた。

 少女は少し恥ずかしそうにして別の方向へと走りだそうとしたがそれも町とは違う方向、それを三回ほど繰り返したとき流石のソルも聞いてしまった。


「あの、もしかして西の方角分からない...とか...」

「え、えへへへ...少しって言うから歩いてたら見つかるかなって...」

(だから迷ったんじゃ?)


 思っても口に出さなかったソルは偉かった。

 正直な話ここで見捨ててしまっても彼には何の非もないだろうが、ここで見捨ててもしものことがあったらと思うとこのまま放っておくことができなかった。

 いや、昨晩のショックを何かで忘れたいだけかもしれない。


「えっと、あのあの」


 彼が声を掛けると少女が不思議そうにソルの顔を覗き込む。

 良かったら一緒に行きませんか?たったその一言を伝えるだけなのに、ドクドクと鼓動が加速していくのを感じて苦しくなる。

 人と話すことが苦手な人間にとって自分から誘うということはすごく勇気が必要で難しい。

 それこそ、魔物を倒すほうがはるかに簡単だ。

 拒絶されたらどうしよう。

 気持ち悪がられたらどうしよう。

 余計なお世話だったらどうしよう。

 そんな考えがグルグルと頭を巡る。

 そもそもこんな思いをして助けるほどの事なのか?

 どんな考えも頭によぎったが、何とか振り払って言葉を何とか発する。


「よかったら、ほんとによかったらで、断ってもらっても全然大丈夫なんですけど、その、えっと、ロランゼールまで一緒に行きませんか!?」


 おそらく人生の中で一二を争うくらいの声量を出したとソルは自負した。

 閉じていた目をそーっと開けると目の前の少女はポカンっ、と口を開けて呆けていた。

 やってしまった。

 言わなければ良かった。

 万年陰キャボッチコオロギの自分がこんなことを言うべきではなかったのだ。

 もう死んでしまおうかと考えた瞬間、ようやく言われたことを理解したのか少女の顔は見る見る明るくなっていった。


「ほんとに!?案内してくれるの!?」


 ソルの手をぎゅっと両手で包み込んで感激している少女に彼はたじたじになってしまう。

 かなり整っている容姿だとは思っていたが眼前で見るとより一層可愛かった。

 あまりのオーラに免疫のないソルは泡を吹きだして倒れそうになってしまうが、少女はそんなこと気にせずに手をぶんぶんを振りひたすら彼に感謝を述べてくれる。


「ありがとう!本当に助かるわ!ねぇねぇあなた名前は!?歳は!?出身は!?」

「あばばばばばばばばばばばばば!?」


 怒濤の質問攻めに遭い脳の処理が追い付かない彼を置いて彼女のテンションは高かった。


「私は葛城美波...じゃなかった。ミナミ・カツラギ!あなたは?」

「ソ、ソルです。ソル・アズミヤ...」

「アズミヤ君っていうのね!これからよろしく!早速行きましょ!」


 ミナミと名乗った少女はソルの手を嬉しそうに引いて走り出す。

 終始圧倒されっぱなしのソルだったがなぜか不快感はなかった。

 こんな自分でも誰かの役に立つことはできるのかもしれない、そう思って手を引かれるがままソルは少女と町を目指した。



 途中で方向が間違っていることに気づくまでは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る