異世界グロウデイズ~ぼっちでも何とか生きてます~

どんぐりあざらし

陰キャボッチアメーバと快活少女

第1話 密かな離脱

 2人の冒険者が巨大な魔物と戦っていた。

膝まで伸ばした金髪を翻す美少女は同じくらい目を引く身の丈程大きく、白銀の刃に金色の刀身という派手な大剣を振るい魔物と競り合う。


「ソル!ぼさっとしない!」


それとは対照的にソルと呼ばれた黒髪の少年はその髪のように黒い片刃の長剣を逆手に構え魔物の足元に滑り込み、通り過ぎ様に魔物の足を切り裂いてそのまま飛び上がり背中に斬撃を浴びせる。


「これで終わりよ!」


体制を崩した魔物が前のめりになった所を間髪入れずに彼女は魔物の首を切り飛ばした。


「討伐完了ね、ソル!」

「はいっ!」


金髪の少女の怒声にソルはそれまで猫背気味だった背中をビシッと真っ直ぐに正して向き直る。


「あたしが剣振ってる時に側通るなって何回言った分かるの!」

「ご、ごめんミスラ」

「それと飛び込むのがいつもより遅かったでしょ、何考えてたの!」

「それは、その」


いつまでもオドオドとしている彼にミスラはどんどんと苛立ちを募らせる。

ミスラとソルは対象的な2人だ。

ミスラは常に自信に満ち溢れどんな相手にも物怖じせずに立ち向かい、180を超える身長と金色に輝く美しい長い髪も相まって誰に対しても言いたいことをハッキリと言う。

それに比べてソルは常に自信が無くオドオドとしており、自分から人に話しかけることも無い。

少し小柄な事と暗い髪色も相まってほとんど目立つことも無く、言いたいことも飲み込んでしまい人の目もほぼ見れないコミュ力ゼロの悲しい人間だ。


「なによ?言いたいことがあるならちゃんと言いなさいよ!」

「あっ、いや、ごめん、気を付けるよ…」

「何を言ってもごめんとか気をつけるとかあんたやる気あんの!?」

「ごめん……」

「ちっ……もういいわ。帰るわよ」


 ミスラはいつものようにソルから水を受け取ると一気に飲み干して彼に空容器を投げ渡しそのまま先に歩いて行きソルはその後ろをとぼとぼとついて行く。

 これが彼らのいつもの光景だ。

 EランクからAランクまである冒険者の格付け。

 Aランク冒険者の中でも指折りの実力者であるミスラとどこにでもいるBランクがソル。

 一応Aランク以上の階級もあるにはあるが数が少ないため実質的にはAランクが最上位である。


「いつも言ってるけどもっと堂々としなさい。あんたみたいなのでも冒険者の中では上澄みなんだから」

「僕は上澄みなんかじゃないよ、根暗だし陰キャだしミスラ以外に知り合い居ないし背も低いし華奢だし挙動不審だしはっきり言いたいこと言えないし…」

「だから!そのボソボソ自分の悪い所言うの辞めなさいよ怖いから!」


帰りの車では運転中のソルに対して助手席に座るミスラが恫喝に近い説教を始め、そして冒険者協会に依頼を達成報告した後も続く事など日常茶飯事だ。

仕事の事だけでなく、服装が地味、髪型が地味、華奢だから鍛えろ、目の下のクマが怖いからきちんと寝ろなどなどプライベートなことまで話し始める。


「見ろよミスラだぜ、相変わらず美人だよなぁ」

「冒険者としての実力も折り紙付き、まああのキッツい性格さえなけりゃ引く手あまたなのに」

「バカおめぇそれがいいんだろ?」

「ていうかあの怒られてるやつ誰?」

「さぁ?新人かなんかじゃない?行くとこないからしょうがなくあの女の言いなりになってるのよたぶん」

「へぇ、あの様子を見るとよっぽど役に立たねぇんだろうなあ」

「しょうがないんじゃない?あの女は自分の言いなりになる人間しか要らないみたいだし」


冒険者協会の窓口で達成報告をしているといつもほかの冒険者がヒソヒソと自分達の噂をしている。

ああ嫌だ、とソルはすごく居心地の悪さを感じていた。

説教は別に構わない、というより数年過ごした協会で顔すら覚えられていない時点で察している。

しかしこんな大勢いる所でしなくてもいいじゃないかといつも思う。元々注目されるのも苦手な彼にとってはとても苦痛な時間、そして何より辛いのは自分のせいでミスラの評判が下がることが何よりも辛いのだ。


「言わせとけばいいのよ。私たちの方が実績も実力も上なんだから」

「あっ、うん。でもえっと」

「なによ」

「ほかの人とも仲良くしたほうがいいかなって思って」

「はぁ!?」

「ごめんなさい何も言いません!」


 これでも彼なりに友人を作ろうと努力はしていたのだが、協会に併設されている酒場で剣のカタログを見る。剣の手入れをしながらにこやかに振る舞ってみる。迷宮の情報をわざとらしく眺めてみるなど、壊滅的に自分からはアクションを起こそうとしない上にチョイスが絶望的に間違っているため失敗している。

 たまに成功しかけても約束の時間になりミスラがやってきて失敗するなど、方向性を間違っているものの努力はしていた。

 上記の奇っ怪の行動のせいでほかの冒険者からは変な奴、不審者、気持ち悪いやつと散々な評価となってしまい彼に近づくものは誰もいない。


「誰のせいで私が他の冒険者をパーティー組めないのかわかってて言ってんの!?」

「僕のせいです」

「あんたが人見知りでコミュ障で挙動不審で連携がきちんととれないからでしょ!」

「はい、そうです」

「そもそも人間と関わりたかったら自分からアクション起こしなさいよ!なんで剣の手入れしながらニコニコしてんのよ!さわやかに笑うならともかくあんたの場合無理やり笑おうとしてるから顔が引きつってんのよ!そんな奴にだれが話しかけんの!関わっちゃだめってなるでしょうが!」


 正論で一つ一つ己の行動を詰められるソルはどんどん気分が落ち込んでいき最終的には抜け殻のようになってしまった。かわいそうに思えてくるが言い方はキツイもののミスラの言い分は正しいためこれは何ともいうことができない。


「あんたはグズだしバカだしどんくさいしほんっと駄目なやつね」

「すみません…」

「はぁ.....もう諦めてあんたは一生あたしと居なさいよ」

「あぃ…」

「――――っ!?も、もういいからどっか行きなさい!」


 最後の方は精神が持たずほとんど聞けていなかったがどこかに行けという言葉だけは聞こえてきたためソルはふらふらと冒険者協会を後にし、ミスラは言ってしまった後に自分の言葉を理解してとんでもないことを言ってしまったと顔を赤くして頭を抱えていた。


◆◆◆


 最悪の気分の中食べた夕食は当然美味しくなく頭の中ではミスラに説教された内容がグルグルと駆け巡っていた。何かに逃避することもできなければミスラに意見して環境を変えることもできない自分に嫌気が差しさらに気分が悪くなる。

そう落ち込んでいると聞き覚えのある声が聞こえてきた。

ソルは気配を殺して声がした場所へ向かうと、そこにはミスラと何人か見知った冒険者がいた。その冒険者たちは新進気鋭のパーティーで評判も良く近々自分たちで新たなギルドを立ち上げるため何度かミスラを勧誘しており今回もその件だろう。


「そろそろどうだいミスラ?俺たちのメンバーに君が入れば勇者に昇格することだって夢じゃない」

 

 ミスラは目を閉じて男の誘いを黙って聞いている。

 勇者とは国を統治する女神が認定する特別な人間のことを指し、勇者になれば様々な特典がある。

 勇者しか入れない特別な迷宮に入ることも許され、勇者専用の支給品に宿などの提供、さらには女神からの特別依頼を達成すればとてつもない額の報酬を約束される。さらに勇者というだけで社会的保証が約束され土地を買ったりなどの契約が有利に進む。


「君だって勇者を目指しているんだろう?だとしたらあんな相棒はやめておいたほうがいい」


 リーダーがそういうと周りの人間もくすくすと笑い始める。

 冒険者にとって勇者という称号は特別ですべての冒険者たちが夢見るものだ。もちろんその例に漏れずミスラも勇者を目指している。


「いつもおどおどして人の目を気にして、声を掛けるだけで素っ頓狂な声を出して逃げていく。人と目も合わせずに常に君の後ろに隠れてちょろちょろついていくだけ。惨めなことこの上ない」


 リーダーの男の顔は嘲笑を隠そうともせずにソルの悪口を続けた。周りの人間はそれに同意するもの、笑うものと様々な反応をしている中ミスラはただじっと黙っていた。

 それを見ているソルは俯いてしまう。腹が立つなんて感情は彼にはない、それらはすべて事実だからだ。

 自分は人付き合いも苦手で自分から人に話す事なんてまずできないし、いつもミスラの後ろについて行って彼女のバックアップをしているのが常だ。ミスラのように堂々と生きることはできない。


「僕たちなら君の要望にはすべて答えるよ。それならあんなクズ使わなくてもいいだろう?」

「...そうね。確かにあいつはクズだわ」


 そう笑うミスラを見て、ソルの中の何かがガシャンっ!と音を立てて崩れ去った。


「あいつは常に気を付けるとか、ごめんとかしか言わないし、何か言いたいことがあるのに言わないし、常にウジウジしてて腹が立つわ。ほんと、どうしようもないクズ――――――――」


 ソルは気が付くと走り出していた。

 ひたすらに、あてもなく夜の街を走った。

 雨も降っていないのに目の前がウルウルと歪んで何度目を拭っても前が見えない。走り続けて街のはずれで躓いて顔面から転ぶ。痛いはずなのに、鼻から血が流れているのになぜか笑いが込み上げてきた。

 自分は何を期待していたのだろうか。ミスラにとって自分はただの雑用係でおまけに過ぎない。

 自分のような陰気で、人見知りで、挙動不審で、使えないような人間をここまで使ってくれていたのは彼女の慈悲だったのだと。どうして忘れていたのだろうか。

 自分のバカさ加減に思わずソルは笑ってしまった。

 ミスラはこれから別のパーティーで活躍していくのだから自分のことなど忘れて何の憂いもなく旅立ってもらわなければいけない。別れ際まで彼女に迷惑をかけてしまったらそれこそどうしようもないクズになってしまう。

 そう考えたソルは冒険者協会にトボトボと向かい自分の財産で買ったもの以外全てと今朝達成した依頼の報酬全額を窓口に預けミスラに渡すように伝え街の外へ出ていく。

 

あてもなく、街道を俯きながら。

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