第10節 アビス探索訓練Ⅹ


「アンタ、ねぇ!初っ端からミスってんじゃないわよ!!任せてぶっ倒れてたら、世話ないでしょ!」


 ルーファを背にエルキュールが怒声を上げる。全力疾走で駆け付けたためか息は荒い。こん棒を迎え撃つヘビーマレットも、柄を左手の盾で支えるようにして押し返している。


「ご、め…エル」

「いいから息整える!すぐ持ち直しなさい!ミニー回復よこして!アリアドは銃で牽制!10秒持たせて!」


 鋭く、短く飛んだエルキュールの指示に、動揺していた2人も反応して動き出す。接近してくるミミクリー・ボルグをアリアドが銃撃で足止めし、ミネルヴァの詠唱が荒野に響く。


(剣持ちが1体、こん棒待ちが目の前の1体、ボルグは後ろで牽制中。ああもう!考えることが多いったら!!)


 こん棒持ちのミミクリー・ゴブリンと対峙するエルキュールは、拮抗する鉄塊が徐々に押され始めているのを見てギョッと目を剥いた。冗談でしょう!?と内心で悪態をつく。


(そりゃあメイス自体そんなに鍔迫り合いには向いてない。そもそも、あたしのこれも殴ることを主軸にしてる…!)


 彼女の持つヘビーマレットはトップヘビー型の金属製だ。先端の鎚頭を遠心力で叩きつけ、破壊することに特化したメイスであり、こういう使い方を主目的とはしていない。


(でもだからって…!)


 接触点が力のあまり伝わらない柄であることも災いした。彼女が全力を込めて押し返すも、ジリジリと近づいていた相手の武器を僅かに押し返す程度。少なくともエルキュールの知りうる限り、原種のゴブリンにはこれ程の膂力りょりょくはない。


(だからってそんな細腕であたしと筋力が拮抗するなんて反則でしょうが!)


 ここまでの敵とは明らかに強度が異なる、その事実に彼女は分の悪さを自覚する。速攻で取り巻きを潰し、本命ミミクリー・ボルグを落とす4人の目論見はあっけなく崩れたのだ。

 エルキュールが必死に頭を回転させるも、眼前の殺意を弾き飛ばして2体目を妨害する以上の考えが出てこない。急がなければ後衛に敵が回る。状況が殊更ことさらに彼女の焦りを助長する。とにかくルーファがダウンしたのが痛い。加えて、彼の剣はこん棒に刺さったままだ。前線の維持はエルキュールにかかっている。


「【キュア・ウーンズ】!」


 癒しの魔法が発動し現れる魔法陣サークル。ルーファの傷が癒えていくと共に、ミネルヴァへと収束する殺意。無機質な赤い双眸は金の少女を曇りなく映す。様子を窺っていたもう1体のミミクリー・ゴブリンはエルキュールに構うことなく、その足を彼女の方へと向けた。それを追うようにミミクリー・ボルグもまた突撃対象をエルキュールからミネルヴァへと切り替えた。

 舌打ち、力を込めるもまるで変わらぬ拮抗状態。敵意の対象が即座に切り替わったのを見て判断ミスかと後悔する。だがこうもしないとルーファが全然復帰できないのもまた事実だ。


 【キュア・ウーンズ】が敵の注目を集めるであろうことは彼女にも予想ができていた。だが如何ほどのものであるか、その実感は伴っていなかった。全員が致命打らしい傷もなく、治療は戦闘後に行っていたということもある。

 カバーは難しい。いっそ調理ナイフでも投げつけるかとエルキュールが考え始めたその瞬間、視界の端で走り抜ける影を見た。


「エル、僕が向かう!君はそのままそれを受け流せ!」

「……!わかってるわ、…よ!!」


 ミネルヴァへと向かって行った魔物たちを追いかけるのはルーファだ。痛みが引くや否や跳ね起きて駆け出して行ったのだ。

 ならば、と後方の憂いが消えたエルキュールは、即座に敵の勢いを引き込む形で半身を横へと傾ける。


「アンタが後ろにいないなら受ける必要もないわ、ね!!」


 突然に崩れた均衡に逆らう暇もなく、前面に倒れ込んでくるミミクリー・ゴブリン。倒れる体を支えるために踏み出そうとしたその足を、エルキュールは器用にスパン!と足払いで刈り取った。転倒を助長する一撃に抵抗虚しく魔物は地面を転がった。

 その拍子、投げ出されたこん棒が地面にぶつかることで、刺さっていたルーファの剣がすっぽ抜けた。エルキュールは決してそれを見逃さない。


「それから、これ!忘れ物!!」


 一息で拾い上げ、駆け出したルーファの方向めがけて思い切り投擲する。

 ビュン!とくうを裂いて突き進む鉄剣。力の限り投擲されたそれは、弩砲バリスタから放たれた矢の如く、一瞬にして主たるルーファとの距離を詰め…。


「…あの馬鹿…!」

「ルゥ!後ろだ!」


 その切っ先は前方を走る背中をいとも容易く追い抜いた。右肩やや上方をすり抜けていく剣があれど、ルーファの視線は揺らがない。ただ眼前の敵だけを見据えた彼では、エルキュールが投げた剣に反応できない……ように見えた。

 キュッ…!とその視線を強めたかと思うと彼は右手を翻し、難なく剣の柄を掴む。荒ぶることもなく、ぴたりと掌に収まる鉄剣。ダンッ!と一際強く地を蹴った。


「………!」


 踏み込み、更に加速。

 距離にして数歩。瞬く間に互いの攻撃圏へと侵入する。急速に接近する脅威に、さしものミミクリー・ゴブリンも無視は不可能だった。


 突進する勢いに任せ、振るわれるルーファの一撃。応じるように魔物の剣が迎え打つ。耳障りな衝突音を弾けさせ、殺しきれぬ反動に互いの剣が浮く。

 追撃。2連、3連と敵の命を刈り取るべく刃が舞う。遅れながらもかち合わせてくる敵に、ルーファは更にこれでもかと右腕を振るい続けた。

 息の続く限り、振るえよ腕よと勢いを増していく。鬼人のごとき恐ろしい形相で剣撃を重ねていく。


(アイツ…何をそんなに…。いえ、それより…)


 すっ転ばしたもう一体のミミクリー・ゴブリンが起き上がってくる前に、エルキュールは力で敵の体を抑えつけ、頭にヘビーマレットを叩きつける。幾分頑丈らしく、ルーファほどではないにしろ、何回か殴りつけて早々に頭を潰した。体をびくんと震わせ、以降一切動かなくなったのを確認し、念入りに腕と足も潰していく。


「これであとは2体」


 残りのゴブリンはルーファが相手取る。ようやく元の予定に戻ったか、とエルキュールは親玉に目を向けた。

 アリアドのガンによる牽制が功を成したか、ミミクリー・ボルグは後衛に近づきつつあるものの、その足取りは鈍い。


(やるじゃない、アリアド!)


 内心でアリアドに対する評価を上げつつ、エルキュールは地を駆け、本来の獲物を捕捉し獰猛に口端を吊り上げた。


「ミニー!【プロテクション・フィールド】!大回りに行くから合わせて!」


 進む軌跡はルーファたちの戦闘エリアを避けて、やや大回り気味にミネルヴァを経由する。飛ばした指示にミネルヴァは立ち位置を下げ、魔法圏内にエルキュールが進入した瞬間、魔法を発動させた。


「【プロテクション・フィールド】!」


 現れる魔法陣と守護の光。彼女の声を聞くや否や、上々!と笑い、真正面からミミクリー・ボルグの元へと突貫していく。


「待たせたわねぇ!それじゃとっとと死になさいな!」


 跳躍、体重を乗せてメイスを全力で叩きつける。身を捻り交わされるも、ミミクリー・ボルグの赤い眼は、目前の少女を捉えて離さない。

 ここからが正念場だと、闘志を漲らせ、エルキュールは高らかに咆哮をあげた。



§



(右上段…、左、下段刺突、次は…)


 目まぐるしく振るわれる剣技に、意地でも食らいついてくる眼前のミミクリー・ゴブリン。頭をフル回転させ、徹底的に隙を突いていく。あとどれほどで自身が動けなくなるか。重くなる腕は、近づくリミットを彼に如実に物語る。鬼気迫る表情でルーファは、更に攻撃の強度を上げていく。

 崩れかけた戦線は自分ルーファに責任があった。故に果たすべき義務を全うすべく、彼は剣を振るい続ける。


『ミニー!【プロテクション・フィールド】!大回りに行くから合わせて!』


 背後で聞こえたエルキュールの声に、残る敵は眼前のソレとミミクリー・ボルグだけだと彼は察した。


(なら、手間取ってなどいられない)


 自然と笑みが漏れていた。彼の剣を握る手は、更に力強くその柄を握る。


 ギィンッ!!

 もう数度振るえば息が続かず体が止まる。だというのに湧き出るこの力は何事か。

 縦と横の斬撃が自身を押し通すべく、激しくぶつかり火花を散らす。


 再度甲高い金属音。

 悲鳴をあげる心臓と肺。

 あと一振り。それで打ち止め。追い込んだ体は息継ぎなしにそれ以上は動かない。

 狭窄する彼の視界の中で、ヂリと白い火花が脳を焼く。


(…………は?)


 瞬間、視界の中で朧げに揺らぐ影。ミミクリー・ゴブリンの横をすり抜けるようにして剣を振り抜く彼の姿。体と世界の境界線こそ曖昧であるが、それを見間違えよう筈がない。

 限界まで酷使した頭が見せた幻覚なのか。戸惑いを隠さずにはいられない。されど彼の直感は、それが正しき動きであることを告げている。


 ――撃て。

「撃、て……?」


 導かれるようにして前へ。口から溢れた言葉の意味も分からず、ルーファはその剣を振り抜いた。


 同時に発砲音。

 剣を受け止めようとしたミミクリー・ゴブリンはほんの一瞬、感知範囲に出現した小さな物体に気を取られる。その逡巡がソレの生死を分けた。


 泥を裂くような切り応え。横薙ぎの斬撃は、今度こそ剣と交わらず土塊の胴を深く切り裂いた。

 ジジジ、と嫌な音を立てて数度震える土塊の魔物。その胸には小さな風穴が一つ。切り裂かれた胴からは、断裂したケーブルが幾つも覗く。どちらかが致命打となったのか、あるいはその両方か。ミミクリー・ゴブリンはそれきり動かなくなった。


「……ッはぁ!!ハァッ…!」


 一瞬遅れて息苦しさがルーファを襲う。視界が暗転しそうな目眩に、思わず彼は剣を地面に突き立て膝をついた。

 多少息を整えた程度では治らない。せめて戦況だけでも、と彼は下がりそうになる顔を気合いで上げた。見えたのは奥で拳とメイスの応酬を繰り広げるエルキュールとミミクリー・ボルグ。そしてルーファの方向に向けていた銃口を下げ、リロードをするアリアドの姿だ。


(そうか…。あの音はアリアドの……)


 合わせてくれたんだな、と感心し、彼が次の戦場へと目線を向け、移動し始めたのを見送った。


「ルゥさん!」


 ミネルヴァが駆け寄り、治癒の詠唱を始めようとしたが、彼はそれを手で制する。


「だい、じょうぶ…。傷はない、から」


 息も絶え絶えに告げる言葉に、彼女は水袋を取り出し、彼の目の前にずい、と差し出した。礼を言って少しだけ口に水を含ませ、ゆっくりと嚥下する。


「ず、随分と無茶な戦い方でしたね。鬼気迫るっていうか、殺気立つっていうか…。ゴブリンを抑えてくれたのはありがたかったん…ですけど…」


 自分のやや批判するような物言いになってしまったことに気づき、尻すぼみ気味になる言葉でミネルヴァが問う。

 彼も言われてみれば、確かに先ほどの精神状態は冷静ではなかったと思い返す。とはいえ、起き上がった時点で敵の撃破数は0。エルキュールを親玉に当てるため、早々に撃破しようとしたのは自然な思考だったと自己完結する。


「それに…あんな剣の取り方まで。腕が飛んじゃったら直せないんですからね!いや、エルちゃんも悪いんですけど!」

「ははは……」


 プリプリと怒るミネルヴァに、ルーファは乾いた笑いで誤魔化した。お説教を始めそうな勢いだが、彼女から目線を逸らして最前線へと目を向ける。未だ渦中にいるエルキュールは、敵対する魔物と五分五分の戦いを繰り広げていた。


「それにしてもルゥさん、アリアドさんによく合図できましたね。全然そっちの方は見てなかったのに」

「え?ああ、あれはアリアドがうまいことやってくれたと思ってたんだけど」

「いえ、彼もどちらに加担すべきか様子を窺ってたみたいです。急にルゥさんの魔物の方に照準を向けてビックリしましたけど」


 そういう相談でもしてたんですか?そんな風に尋ねる彼女にルーファは偶然だ、と口を開こうとして狙撃の場面が脳裏に過ぎる。


 ――撃て。

(……いや、違う。そうじゃない。彼に指示を出したのは……僕、か…?)


 それは自然と頭に浮かび発した言葉だった。

 あの時、間違いなく彼は視界内にアリアドの姿を捉えてはいなかった。ミミクリー・ボルグの足止めをしている以上、そちらを対処しているとも考えていた。


 では、何故その言葉が出てきた?狙い澄ましたかのようなタイミングで?


 偶然、と片付けるには少し出来過ぎで、直感と表するにはやや言葉が過ぎる。しかし、うまく当て嵌まるものが思い浮かばない以上、彼はひとまず幸運で片付けることにした。

 体を巡る血は依然、どくどくと煩く心臓のフル稼働を主張しているものの、休んだ甲斐もあり呼吸は落ち着いていた。万全、とは言えないが加勢するには問題ないと彼は判断を下す。


「行くんですね、ルゥさん」

「そうだね、すぐ合流しなくちゃ。ミニーは僕たちに回復の魔法が届くギリギリのラインにいてくれるかい?」

「わ、分かりました。ルゥさんも十分お気をつけてください」

「了解、あんなヘマはもうないようにしないとね」


 おどけたように言ってみせる彼に、ミネルヴァもふふ、と笑いを漏らした。

 表情を引き締め直し、他2人の立ち位置を確認して走り出す。


「アリアド!可能なら足と腕を先に潰してくれ!コアは無理に狙わなくていい!」


 援護に回っているアリアドに指示を飛ばす。今度は沸き立つ高揚感も溢れ出る力もない。万全から少し遠のいた、彼自身が把握している程度の能力のみ。

 アリアドから返ってきたハンドサインを確認し、回り込むように疾駆し、ルーファは敵の背面に狙いを定めた。


「エル!隙を作るからそのまま殴り倒してしまえ!」


 彼の声が聞こえたか、乱打の応酬の中でほんの一瞬だけ彼女は目線を彼へと向けた。


 ルーファは走りながら左手の指輪に意識を向ける。決められた詠唱を唱え、中空に魔法文字を描く必要がある真語魔法には、必然的に魔法発動を媒介する装具を要求される。彼の身につけたそれは魔法の発動体として加工された特殊な装具であり、周囲のマナを取り込み魔法文字を描くことを可能にする。


(アリアドのガンで飛来する魔法に反応するのは確認済み…!タイプは違えど、お前も同じだろう!)


真、第一位階の攻ヴェス・ヴァスト・ル・バン――――‼︎』


 流石の敵も収束するマナに気づいてか、対峙するエルキュールに乱撃を浴びせながらも、ルーファへの警戒を明らかにする。

 回り込み、背後を取ろうとする彼に対し、立ち位置を絶妙に変え、易々とは取らせまいと立ち回る。


 ルーファの左手が踊り、瞬く間に【エネルギー・ボルト】の魔法文字が完成する。敵を見据え、狙いを定める彼の視界の奥で、爛々と輝くアリアドの琥珀色の瞳が目に映った。


「【エネルギー・ボルト】‼︎」


 叫びと共に放たれる魔法の一矢。高速でミミクリー・ボルグの感知圏へ侵入する。

 ほんの一瞬だけ僅かに身じろぎする敵。隙とも呼べないような僅かなズレ。魔法の射線上から逃れようと、上半身を逸らそうとするミミクリー・ボルグの動きが再度止まる。


 ミミクリー・ボルグの感知圏に引っかかったのはルーファの【エネルギー・ボルト】だけではない。半透明とは対照的に、鈍色に輝く魔力弾。それが今まさに、避けうとした魔力弾とは別の方向から飛来してきている。

 ミミクリー・ボルグの弾き出した演算に依ればその狙いは右大腿部。致命打には至らない。だが、運動性能が低下することは明らかだった。

 当然、選ぶのは回避運動。幸い弾そのものの大きさはさほど大きくはない。足を逸らし体を捻りさえすれば―――。


「ようやく、隙らしい隙、見せたわねぇ…!!」


 低く、獰猛な声はミミクリー・ボルグの眼前から。

 体勢は大きくメイスを振り上げた形、鎚頭はとうに頂点に至る。

 ――回避…。演算結果、不可。損壊の許容。防御態……。


「やれ!エル」

「だァありゃぁぁぁァ!!」


 あらんかぎりの声を上げ、エルキュールはメイスを振り下ろす。

 その手に伝わるのは間違いない破壊の手ごたえ。勝利を確信し、エルキュールは犬歯をむき出しに笑うのだった。

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魔剣伝説-Legends of Magic Sword- ~Epic of Apostol~ しーらぬい @_Shira-NUi_

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