第8節 アビス探索訓練Ⅷ
剣とメイスが激しくぶつかり、甲高く響く金属音。眦を吊り上げ、眉根を寄せたエルキュールは、むん!と力を込めて弾き飛ばす。視界の端で後ろへと抜けていく、毛むくじゃらを見つけ、エルキュールは後方で陣取っているルーファの名前を呼んだ。
「大丈夫、見えてるよ!」
すり抜けた魔物の進路を断つような位置へ駆け込み、ルーファは左手を掲げた。
「【エネルギー・ボルト】!」
迎え撃つように放たれた半透明の矢は敵の前進の勢いもあり、避けられることなくその身体へと突き刺さった。追い打ちとばかりに響く銃声。飛び散る金属片と力なく転がっていく様が魔物の機能停止を告げる。
後方に控えるミネルヴァが邪魔にならないように魔物の体を引きずるのを横目に確認しながら、ルーファは前線へと駆けあがっていく。
エルキュールが対峙する魔物は2体。個別で各々に対応できる以上、最早彼が後ろでカバーする理由も薄い。
「エル!後ろのは片づけた!」
2体を相手取るエルキュールに並び立ち、眼前の敵をロックする。内1体は既に激しく傷ついており、エルキュールの激闘の跡が窺えた。
互いの間合いは3mもない至近距離。エルキュールの燃え盛る炎の如き瞳は、その1体を逃すことなく捉えている。
追いついたルーファに、彼女は一瞬だけ目線をやり、ニヤリと笑いを漏らした。
「オッケー!!だったら後は!」
言葉と共に傷ついた1体を仕留めるべく、大きく前へと踏み込んだ。大地を打ち付ける音と共に1歩、右手のメイスを振り上げる。狙いは上段からの振り下ろし。右腕を下から上へと振り上げる大きなモーションは、容易く敵にその意図が通じてしまう。故に狙われた
――ときに、エルキュールという人物は振り下ろしを多用する。
彼女もさほど意識している事柄ではない。
言われてみれば確かにそうかも、くらいの認識だ。
だがそれは、ずば抜けた戦闘センスによる無意識的の選択の発露であり――
「こいつら潰せば終わりよね!!」
――平均と比べやや小さな体で、リスクを抑えてリターンをもたらす最善策。
慣性の利用による威力の補強である。
力を込め、全力で振り下ろす。魔物の思惑から外れ、半ばから折れる鈍色の剣。一瞬の均衡もなく、そのままの勢いでべしゃりとスクラップと化した。
一方で彼女の選択は大きな隙を晒した。流石のエルキュールといえど、大技直後の硬直にはどうしようもない。そして、彼らが対峙する魔物は、仲間の
「………っ」
もう1体の動き出しには彼女も気づいている。やや腕を引いたまま接近するソレに、彼女の直感が突きが来るのだと騒ぎ立てていた。
だが焦りはない。なぜなら既に魔物の横合いから切りかかる
「その方向!これなら防げない!!」
魔物の進行方向から迫るように剣を水平に薙ぐ。やや大雑把な振り方だが、妨害には十分だ。突破力が高く、攻撃範囲に乏しい突きは彼の振るう剣撃とは相性が悪い。増してや狙われたのは動き出し。トップスピードで動き始めた土塊の体に、剣閃は吸い込まれていった。
§
ガラガラと大きな音を立てて土塊とチューブが地面へ落ちる。邪魔にならないようにと機能停止した魔物の腕を引っ張って運んでいたミネルヴァだが、損傷が激しく引っ張っていた腕が取れてしまったらしい。エルキュールが戦闘中に潰した個体で、頭部から股にかけて明らかに他の部位より厚みが足りてない。
あちゃー、と途方に暮れるミネルヴァだが、ひとまずある程度移動したし、と捨て置くことにした。ちなみに当の本人は、アリアド、ルーファと戦闘後の反省会中である。
(うーん……どこかで見たことあるんだけどなぁ…)
しゃがんで魔物の残骸を拾ってみる。歪んだ金属片は随分とち密な部品に見えた。エルキュールが魔動機とゴーレムの合わせ品だと言っていたのを思い出す。どちらもミネルヴァは門外漢だ。手に持つ部品が、何のためのものかも分からない。ただ、散らばった土片から感じる魔力の残滓が、エルキュールの分析は概ね正しいであろうことを告げていた。
記憶の蓋を開け、掘り返してみる。どこかの話題で出てきていた?どこかで見た?それらしい感覚はあれど、するりと抜けていく答えに彼女が頭を悩ませていると、ふとむき出しになった胸部部品に目がいった。土で汚れているが、何かが書いてある。ぱっぱ、と払ってその下から出てきたのは、
「……イニシャル?」
大陸共通語で2字。彼女の口を衝いて出たのはそれだった。バ行とマ行、はて?と首を傾げる彼女の脳内で、突如弾けた火花が目の前のそれらと答えを結びつける。
「あ…!あ、アレだ!」
そうだ、と思い出す。彼女はこれに見覚えがある。つい最近読んだ、マギテック協会の発行している魔術誌で目にしている。その記事はとあるゴーレムの開発に成功した魔術師のインタビュー記事であり、より高度な命令と動作を実現させることができると開発者は証言していた。その名は…。
「
"神代の指先"ブリュッセル・ムームーによって発明された人工の魔物である。
§
初回の戦闘を終え、いくつかの浮島を超えてようやく4つ目の浮島へとたどり着いた一行。ここまで険しい崖に足を取られたり、強風でミネルヴァが吹き飛ばされそうになったり、エルキュールが何度も落ちかけたり、その度に戦闘で憂さを晴らしたり…。危ない場面はあったが、協力し合うことでなんとか乗り越えてきた。
2つ目の浮島でも3体のゴブリン型の魔物と戦闘になり、狭い足場に難儀したが1回目の反省を活かし、保守的な立ち回りで比較的安定した戦いぶりとなった。もっとも、途中で我慢できなくなったエルキュールが前線で暴れまわるという事態もあったがそれはそれ。3回目の戦闘では、広く見渡せる位置にいるルーファがカバー要因として立ち回り、パーティ全体の攻守の切替を強く意識することができた戦闘となった。
「ようやく戦闘も安定してきたな。ここまで戦闘の度に話し合いをした甲斐があったってもんだ」
「そりゃあもう3回目だからね。癖、とまではいかなくてもこうしたいってのは段々わかってきたよ」
「あたしも前に集中できてるから助かるわ。とはいえ、あたしが最初に言った形とほぼ同じだと思うけど?」
にやっと皮肉気にアリアドに問いかけるエルキュールだが、はん、とアリアドは鼻で笑って返した。
「オレ達全体が意識的にできたか、という点が重要だからな。結果的にそうなった1回目とはワケが違うんだよ」
「っんの!!」
殴りかかろうとするエルキュールをまぁまぁと宥めすかすルーファ。これもおおよそ見慣れた会話の形として出来上がりつつある。エルキュールがアリアドに突っかかり、飄々とかわす彼に怒る彼女を、ルーファとミネルヴァが宥める。大体はアリアドが舌戦で勝つ形に落ち着くが、ルーファはそんな彼の知識の深さに舌を巻いていた。誰かに師事していたであろうことがうかがえる。そんな確信を抱いていた。
「にしても、これもそろそろ見慣れてきたね」
ひとまず話題を変えようと、地面に転がったスクラップを見ながら言及する。
「僕はゴーレムは街でちょっとしか見たことない。ずんぐりむっくりで動きは鈍い。それが僕の印象だけど、こいつは記憶にあるそれとは大違いだ」
「だろうな。俺の予想が当たってるなら並みのもんじゃないさ」
「なによ、アンタ。なんか心当たりでもありそうな感じじゃない」
「
「
あんた知ってる?とばかりに視線を向けられたルーファにも、残念ながら心当たりはない。彼は視線で話の続きを促すと、アリアドは肩を竦めて続きを語り出した。
「まぁ、いわば疑似蛮族みたいなもんだ。どういう理屈かはオレも知らねぇが、ゴーレム、つまり魔法生物でありながらきちんと蛮族としてもカウントされる」
「じゃあ【セイクリッド・ウェポン】なんかも効くんだ…?」
「らしいな。益々もって人智を超えた所業だとは思うが」
アリアドの回答にルーファは驚きを隠せない。何故なら蛮族とは、そのルーツを辿れば古の神に依るものであるため、人工的には生み出せないのが常識だからだ。
世界の歴史を紐解く学者は数多くいるが、彼らは総じて歴史は幾つかの時代に分けられると提言している。ルーファたちの生きる現代、魔動機が人々の生活に根差した魔動機文明時代、今よりも数多くの魔法が息づいていた魔法文明時代、そして神々が人々に寄り添った神紀文明時代である。蛮族とは、この神紀文明時代において神話大戦の引き起こした"戦神"ダルクレムが生み出したものである。生物の魂を改変し、凶暴性を増幅させることで自らの駒とした。その代償に蛮族は須らく穢れを有している。ルーファの言及する【セイクリッド・ウェポン】とは神聖魔法の一種であり、武器に纏わせこの穢れを衝くことで有効打とする魔法である。
「で、それがこいつらの正体だっての?」
足蹴にした魔物の残骸を顎でしゃくりながらエルキュールは言う。多分な、と応えるアリアド。ふーん、と手持無沙汰気味に、ゲシゲシ乱暴に扱うのをやめようとはしなさそうだった。
「み、みんな…!ま、魔物…!魔物、の正体!あ、あれって…!」
「ミニー、ひとまず落ち着きなさいな」
息も絶え絶えに、慌ただしく走ってきたミネルヴァはエルキュールの促されるまま、一旦一息吐くと、目をきらきらと輝かせながら、両手に握りこぶしを作った。
「あれって、
「お、おう」
ここまで一息に話し終えた怒涛の勢いにアリアドの口が引くついた。
「既存のゴーレムと違うのは、重要な駆動部分は魔動機で補ってるってことなの!ほら、従来のゴーレム形態だとち密になんか作れっこないから、動きもどうしても大味になっちゃうんだけど、例えば関節なんかは魔動機で造って外殻としてゴーレムの装甲を纏わせてるだけだから動作の阻害もない!まさか生で見られるなんて思いもしなかった!」
彼女の熱弁に男2人はぽかんと口を開け、エルキュールは嘆息して額を手で押さえていた。普段のおどおどした彼女とはまるで真反対。ふんす、と語る彼女はブリュッセル・ムームーのファンであり、魔法オタクの気があった。
語ることに夢中になっていたミネルヴァだが、呆気にとられた2人を見て我に返ったか、かぁっとそれはもう見事な茹で上がりだと思うほど顔を真っ赤にして、エルキュールの後ろに隠れた。
「………っ!!っ……!!」
「ちょ、ミニー。アンタ、引っ張らないでよ」
羞恥を押し隠すように顔を下げ、エルキュールの後ろでぎゅっとマントの裾を掴み丸くなった。
「…あー、その、ミニーってその人のファンなんだね」
ルーファの問いかけに彼女は隠れたまま、小さく頷いた。
「ま、昔っからよ。あたしもよく聞かされたわ」
「ははっ!いいじゃねぇの。まさかミニーの嬢ちゃんの新しい一面がこんなんだたぁなぁ。ちょっと意外だったぜ」
「うぅぅ……」
アリアドの
§
訓練場の約4/5が踏破された。残るは中心に浮かぶ大きな浮島。そして、4つ目の浮島まで来た一行には、遠目からでも中央の島に聳えるソレが見えていた。
ソレにまず抱く印象は氷柱だろう。島の中心部に黒い半透明な柱が立っている。黒い煙を噴き出し、周囲一帯に沈殿している。そしてそれを守るようにして立つ影がある。流石のアリアドにも正体までは分からないらしく、接近時に遠距離攻撃に警戒するよう警告した。
そして番人と目的地が見えた以上、一行が一度休憩をとるのはごく自然なことであった。時間はまだ残っている。あくまでルーファの体感であるが、中央の島の戦闘があったとしても時間切れにはならないだろうと予想する。
最寄りの岩に腰掛け、中央の影を見ながらルーファはどの戦略でいくのがいいのか思考する。番人というだけあって、これまでの敵よりも強敵なのは確かだろう。
(……"奈落の魔域"は各々ある程度種族が偏ってるはず…)
これまでの敵は全て蛮族(もどき)。であるならば、番人もまた蛮族である可能性は高いだろう。そしてドルン教官の脅威度が3であるという言。ある程度彼の中で候補は絞られ始めていた。
「おう、難しい顔してんな、相棒」
「アリアド?」
「休憩だってのに深刻そうな顔してやがったから様子を見に来たんだが…」
アリアドは彼の前に回り込んでじぃっとルーファの顔を見つめていたが、やがてニィッと笑みを浮かべた。
「問題なさそうだな。むしろどう戦ってやるか戦意高揚してるって感じだ」
「はは、まぁね」
「その意気だ。まぁお前の戦術指揮なら問題ないって思うぜ、オレは」
隣にドカッと座り、ルーファと同じように中央の島に佇む影を見据えた。
「一応パーティ単位での指揮はまだ次で4回目だよ、僕は」
「ん-、なんつぅか言葉にしにくいんだが」
彼にしては珍しく歯切れ悪い言葉である。だが、言いだし辛いというより、しっくりくる言葉がないという印象をルーファは受けた。
「そうだな…、そう、お前の指揮は勘がいい。たまに、十何回かに一度だけなんだが驚くほどしっくりくる指示がある」
「……なんだいそれ?」
「まぁ偶然の範疇かもしれねぇが…。お前、案外指揮者の才能とかあったりしてな」
「…偶然だと思うけどな」
ルーファに思い当たる節はない。だが自分のことというのは案外自分ではよく分からないものだ。もしかすると、そうなのかもしれない、とだけ、彼は心に留め置くのだった。
**――――――――**§ § §**――――――――**
【あとがき・補足】
●ミミクリー・ダガーフッド
https://yutorize.2-d.jp/ytsheet/sw2.5/?id=81hX7W
●ミミクリー・ゴブリン
https://yutorize.2-d.jp/ytsheet/sw2.5/?id=56W6zh
●ミミクリー・グレムリン
https://yutorize.2-d.jp/ytsheet/sw2.5/?id=tyvnla
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