第7節 アビス探索訓練Ⅶ




 対峙する2匹と3人。蛮族と同じ姿を持ちながらも、似て非なる存在に緊張が走る。明かされている手の内は、手持ちの武器による物理攻撃のみ。これが件の蛮族ダガーフッドであれば、警戒するべき攻撃はそれのみであるが、ルーファには一抹の不安が残る。


(――魔法生物なら魔法みたいな特殊な攻撃を持っててもおかしくない。本当は少し様子を見たいところだけど…)


 前線にエルキュールを一人残したままの彼には、悠長にしている時間がない。彼女が敵に後れを取るとは思わないが、万一の可能性が彼の脳裏を過ぎる。彼女が機能不全に陥る前に敵を撃破し、前線へ復帰せねばならない。


(情報は戦いながら集めていくしかない。けどヘタな動きをされる前に両方とも撃破できるならそれがベスト…。数的有利で早期に決着をつける!)


 故に彼が取った選択肢は至ってシンプル。集中攻撃による敵の撃破。もとより対峙している数はルーファたち冒険者側が上回る。ルーファは武器を落とした魔物を標敵に定め、他2人に狙いを告げた。


「2人とも、まず左の個体から倒すよ」

「わかった、もう1匹への牽制は任せろ」

「りょ、了解です!」


 まず動いたのは後衛のミネルヴァ。先ほど中断させられた【フィールド・プロテクション】を再詠唱する。収束するマナを敵対行為と見做し、2匹の魔物が地を駆ける。


「行かせないよ!」


 行手を阻むように立ち塞がるルーファ。迫る内の1匹に放った袈裟斬りは、狙いと違うことなくその体に刻まれる。やけにするりと抜けた刃に、内心拍子抜けしながらも剣を振り抜いた。ぱっくりと裂かれた傷跡に赤い血は見られない。代わりに零れたのは機械仕掛けのパーツとコード。ボロボロと傷口周りの土塊が落ちるのも、魔物はまるで気にもしない。


(機械!?やはり魔動機…?いや、それにしたって切り応えが柔らかすぎる…!)


 追撃の剣閃を放つ傍らで、敵の要素を拾って思考を巡らせる。魔動機は自律的に動作する機械のようなもの。彼の眼前の敵にはそれに共通する要素は幾つかある。だが、魔動機の大半は体躯が鋼鉄で覆われており、そのほとんどが刃を通し辛い。

 魔物は腹から機械の臓腑を零して尚、動きが全く衰えない。生物足りえない敵の様相に、ルーファは真っ先に蛮族や動物といった生物の可能性を切り捨てた。ひらりと避けられた剣撃のお返しとばかりに、上段からの拳が迫る。その拳を迎えるように、下段から切り上げた。拳と剣が接触するその間際、腕の軌道に感じた違和感と振るった剣に突き刺さる衝撃を感じるのはほとんど同時だった。


「なっ…!?」


 思わずたたらを踏む。腕の痺れと硬直。敵の構えと攻撃の方向から、剣の腹に攻撃を受けたと気づき、ルーファは内心で舌打ちする。


( 腕の振りを速めて…!?というか重…!?)


 ルーファの硬直に合わせ、もう1匹が横合いをすり抜ける。後方の神官を狙い、疾駆するダガーフッド。その進撃を止めるべく、アリアドのガンが火を噴いた。発砲音と同時に敵の太腿に突き刺さる弾丸。つんのめる形で地面へと転がるダガーフッドだが、何事もなかったかのようにすぐさま起き上がった。


「…奇妙な気分だぜ。生き物みてぇななりの癖して、怯みもしやがらねぇ」


 それらはゴーレムや魔動機には成し得ない、柔らかな動きを平然とやってのける。関節の可動域も、躍動する土塊の肉体も、通常の蛮族と遜色がない。

 恐らくマギテック協会の仕業だろうとアリアドはアタリをつける。彼の予想が外れていなければ、あの天才はそれくらいは朝飯前だろうと納得した。


「【フィールド・プロテクション】!」


 守護の魔法が完成する。地面に魔法陣サークルが描かれ、光がルーファたちを包み込む。ぼんやりと発光する体は守護の祝福を受けた証。守りに懸念がなくなったルーファは、体勢を整え、前へと踏み込んだ。


(狙いは傷ついた個体…!このまま踏み込んで頭を潰す!!)


 たとえ魔動機や魔法生物であろうとも、頭部への被害は致命傷だ。機能停止とまではならずとも、視界の喪失は戦力の大幅ダウンに繋がりうる。

 踏み込むルーファを危険と判断し、傷ついたダガーフッドが後退する。同時にカバーに入ろうとするもう1匹。


「させるかよ!」


 怒鳴り声と共に発砲される弾丸。頭部を掠めて抜けていく銃弾は、有効打とはならずとも、ルーファが切り込む隙を作るには十分だった。


「……シッ!!」


 踏み込んだ足を僅かに折り曲げ、膝のバネで地面を力任せに蹴り飛ばす。下がっていく魔物を逃すまいと肉薄する。

 後退するダガーフッドは逃げきれないと悟ったか、再び拳を上げ、迎撃する構えを見せた。ぎゅっと小さく肘を折り曲げ下段に拳を溜める構え。水平に構えたルーファの剣をカチ上げるつもりだ。


(そうはいくか…!!)


 手首を捻り剣の予測軌道を斜め下へと向け、狙いを敵の手首へと変える。迫る勢いを減衰させずに、そのまま振り抜いた。果たして敵の拳は何もない空を捉え、次いで勢いよく宙を舞った。

 一瞬の空白。無機質な視線がルーファの目線とぶつかった。磨かれたルビーのように人工的な瞳は、これまで対峙した魔物の中でも随分と異彩を放つ。死への恐怖もない。ただ淡々と彼らの戦力を測っているような機械的な気色きしょく。その気持ち悪さに、反射的に彼は右手の剣を上段から振り下ろしていた。


 半ば叩きつけるような剣筋は、綺麗とまでにはいかないものの、向かう敵を両断し2つの土塊つちくれに変えるには十分だった。真っ二つになった残骸から、赤い金属片や透明な欠片が舞い散った。

 完全な機能停止に至った敵に、戦闘中にも関わらず後方のミネルヴァから喜びの声が上がる。


「油断しないで、ミニー!まだ敵は残ってる!」

「は、はい!!」


 弛緩した空気を引き締め直すように鋭い声が飛ぶ。ルーファがもう一体の魔物に向き直ろうとした瞬間に轟く銃声。

 魔物の胸のど真ん中に空いた穴は僅かながら焦げ跡を残しており、貫通痕からは赤い金属片がポロポロとこぼれ落ちていた。


「…ま、コアがどこかさえ分かりゃぁこんなもんだ」


 パタリと倒れる土塊の魔物。ニィッと笑みを浮かべるアリアドは、気障ったらしくフゥッと銃口の硝煙を払うのだった。



§



「あら?あんたたちの方も終わってたのね」


 3人がエルキュールに合流するため、周囲の索敵をしながら轟音の出所へと向かっていると、片手で魔物(の残骸と思しきスクラップ)を引きずる当人と出会した。苛々していた様子が嘘のようにスッキリとしており、よほど暴れていたのがうかがえた。実際、体に細かい傷は多く、肩口は矢傷でも受けたか、血が滲んでいた。


「エ、エルちゃん!?肩!肩!」

「うん?ああ、やり合ってたら魔法を受けてたみたい」

「じっとしててね、すぐ治すから」


 ミネルヴァが急いで治癒の魔法を唱え始める。白い光に包まれ、徐々に傷が塞がっていくのを感じた。


「――よし、敵影はねぇな。んじゃ、反省会といくか」

「は?なんでよ?」


 どかりと腰を下ろして言うアリアドに、エルキュールはきょとんとした顔で疑義を呈した。反省するところなくない?とミネルヴァに顔を向けるが、パスを受けたミネルヴァはあせあせと困り眉を作る。


「あたしは前線で敵を潰す、ルゥは後衛を守る。アリアドとミニーはあたしたちの補助。役割はきちんとできてたと思うけど?」

「馬鹿言え、後衛うしろはぐっだぐだだったぞ」

「なんとかカバーできたって感じだったからね…。今回の一番の反省点は、僕とエルの間で意識統一ができてなかった点だ」


 ルーファは自分が戦闘中に何を考えていたのか、どうするつもりだったかを語り出す。一旦、守りを固めるべきというルーファの主張には、エルキュールは眉根を寄せて反意を示した。


「そうしたら集中砲火で後衛が潰れるかもしれないじゃない。道中の消耗戦は悪手に決まってるわよ」

「エルの嬢ちゃんの言い分も間違いじゃねぇ。敵数は不明だったし、1体だけとは言え、魔法持ちがいたからな」


 アリアドの同意に、エルキュールはそら見たことかと得意げに鼻を鳴らした。


「でもルゥさんが間違いって訳でもないですよね。事実、バックアタックで私たちも狙われましたし…」


 一方でそっと手を挙げながら、ミネルヴァはルーファを擁護する。近接戦闘が絶望的なまでに不得意な彼女には、魔物との鍔迫り合いが色濃く記憶に残っていたのだろう。どっちの味方よ!と牙を剥いて威嚇するエルキュールに、ひぅっ!と小さく悲鳴を上げて、ルーファの背中へと隠れた。


「ま、どっちが正しかったかってよりは、パーティ全体として方針転換できなかったのがまずい。その隙を狙われたようなもんだしな」


 課題点をあげれば幾つも出てくるだろう。例えば、エルキュールが飛び出した際、ルーファが後退を選ぶか前線を上げるか迷ったところ。例えば、エルキュールがミネルヴァの補助魔法を待たず、独自の判断で前線へ飛び出したところ。例えば、アリアドが索敵を十分に行えず奇襲を受けてしまったところ。例えば…、例えば…、例えば…。挙げ出せばきりがない。


 ――とはいえ、この戦闘が彼らの初陣。パーティとして連携が取れていないのはごく当たり前の話である。


「だから、どうするかを決めなくちゃね。十分に話し合えたと思った僕らは、連携するにはまだまだ理解が足りてなかったってことだ」

「お前ら2人には明確な合図が必要だな。それと、エルの嬢ちゃんは余裕があるならミニーの嬢ちゃんの補助魔法を待て」

「あたしは前線でさっさと敵を潰すって考えを変える気はないけど!…でも、そうね。掛け声くらいは必要かしらね。ミニー、あんたも補助は迷わずすぐにかけてちょうだい。あたしもいつもの癖ですぐに前へ出過ぎたわ」

「えと、うん、分かった。前線で敵を止めるのはエルちゃんだもんね」


 ――彼らは話し合う。    更なる高みへ昇るために。


「敵の攻撃痕を見つけられたけど、奇襲まで仕掛けられたのは痛かったね。魔法を使う相手だって分かったのは良かったんだけど…」

「そこはオレの反省点だな…。ちっとばかし集中しすぎた。フッ…、お前には助けられちまったな、相棒?」

「いや、僕の方こそアリアドの腕に助けられた。これからも頼りにしてるよ」

「…………!」

「……拳なんかぶつけ合って青臭っ。男って単純ね…」

「え、エルちゃん!」

「やらないわよ」


 ――彼らは語り合う。    新たな可能性を探るために。


 雛鳥たちは依然羽ばたいたばかりである。



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