第4節 アビス探索訓練Ⅳ



「ルーファ、お前の相棒だ。これからヨロシク頼むぜ?」


 アリアドはニヤリと笑うと、右の拳をルーファの前へと突き出した。その拳の意味を理解すると、彼も笑って右の拳を軽くぶつける。


「ああ、よろしく頼むよアリアド。僕のことはルゥでいい」

「おう、わかった。そっちの嬢ちゃんたちは…エルキュールとミネルヴァだっけな?どっちもよろしくな」

「よ、よろしくお願いします〜」


 ぺこりと頭を下げるミネルヴァに対して、エルキュールはじっとアリアドの鳶色の瞳を見つめ、エルでいいわよ、と短く呟いた。


「では"トライデント"はそちらの扉から準備室へ入れ。何度も言うが、訓練場は過去にあったもの再現だ。どう攻略すべきか、実際の"奈落の魔域"に侵入したつもりで考えろ。最奥部にある"奈落の核"に触れることが訓練達成の条件だ。なお、制限時間は2時間、それ以上は失格とする」


 6名の冒険者見習いが教官の言葉を聞き届けた後、次々に準備室へと入っていった。教官は次いでルーファたちにここで訓練開始まで待つように指示し、別の扉から別室へと入っていった。入れ替わるようにして現れた職員が、何かあれば言ってくれ、と告げて別室の扉の前に陣取った。


「……一体どんな感じなんでしょうねぇ」


 ミネルヴァがそんな疑問を口にする。

 皆"奈落の魔域"を見たことがない者たちばかりだ。その脅威は冒険者ギルドからも再三警告されているが、いまいち実感を掴めないというのが実態である。


「オレが聞いたやつだと、地下の洞窟にできた"奈落の魔域"に工廠のような空間があったらしい。そこで何か作っていたわけじゃねぇんだが…、何に使うかもわからねぇ機械が山ほどあったって話だ」

「僕もマオさんから聞いたことがあるけど、火山地帯って言えば一番近いのかな…。それが海岸に出現したこともあったみたいだよ」

「へぇ…。本当に外環境と全然違うんですね!」


 他にも渓谷に密林が出現したり、雪原に海中神殿が出た例もある。兎に角中に入ってみるまで予想がつかない。それら全てを事前探索できるのならば最良であるが、そうもいかない。"奈落の魔域"は世界中のどこにでも突発的に発生するものであり、そこに割くだけの人材が足りていないのも冒険者ギルドの頭の痛い部分である。

 "奈落の魔域"の出現の法則性は依然不明のままだ。だが、"奈落の魔域"が発生する際に上空に現れるオーロラが唯一冒険者たちにとっての道標である。


「少し、お互い立ち回りを相談しようか。よく考えなくても、僕らってお互いのことをほとんど知らないからね」

「そうね。あたしもミニーのことしかよく知らないわ」

「んじゃお互いできることと想定している役割から話していくか」

「まずは僕からだ」


 ルーファから順に時計回りに話し始める。彼が話し始めた直後、ミネルヴァは手荷物から自作のメモ帳を取り出し、律儀に書記を務め始めた。互いにできること、苦手なこと、想定した立ち回りを話していく。最後のアリアドが話し終えると、ミネルヴァが綴ったメモ帳には次のように纏められていた。


⚫︎ルゥさん

 役割:前衛〜中衛(魔法戦士)

 魔法:真語魔法

 武具種:ソード、盾、非金属鎧

 苦手なこと:屋内探索


⚫︎エルちゃん

 役割:前衛(純戦士)

 騎獣:ホース

 賦術:ミラージュデイズ

 武具種:メイス、盾、金属鎧

 苦手なこと:攻撃の回避


⚫︎ミネルヴァ

 役割:後衛(神官、操霊術師)

 信仰神: "導きの星神"ハルーラ

 魔法:神聖魔法、操霊魔法

 武具種:スタッフ、非金属鎧

 苦手なこと:近接戦闘全般


⚫︎アリアドさん

 役割:後衛(密偵、銃士)

 武具種:ガン、非金属鎧

 苦手なこと:魔物の種別見極め


「…なんつーか、うまい具合に役割が分散してるな。立ち位置がはっきりしてる」


 アリアドが繁々しげしげとメモ帳を眺め、思わずそんな言葉が口をついて出た。だがそれ自体は良いことだ。各々の役割がはっきりして分散しているのなら、それに越したことはない。


「うーん、こうなると、道中の探索や罠の発見はほとんどアリアドに任せることになりそうだね」

「いいぜ、大船に乗ったつもりでいてくれ」


 任せろ、とばかりにアリアドはニヤリと笑みを浮かべた。対してエルキュールは眉根を寄せて難しい顔で考え込む。


「あたしの騎獣も会場で出せれば探索の手助けはできるけど……、正直ここで出せるかどうかは分からないわね。地形次第かも」


 エルキュールが習得している技能には"騎芸"というものがある。騎獣と呼ばれる、人に付き従う魔物や、魔動機のバイクを操り戦力とするための技能だ。その中に騎獣に探索を行わせる【探索指令】という技能が存在する。エルキュールの騎獣はここまで彼女とミネルヴァを運んできた"ホース"だ。平野のような広い場所なら彼女の技能も効果を発揮するだろう。だがその広さがあるのか、という点は懸念点である。


「そこはあまり期待せずにいこう。まともな地形なら手が増えるってことで」

「となると騎獣分は前衛にカウントしないほうがよさそうだな…。念のための確認だが、壁役を任せていいか?オレも近接の心得はなくはねぇが、とても実戦で使えるようなもんじゃねぇんだ」

「そこはあたしとルゥが担当するわ。前方、横方向の警戒もあたしたちの役割ね。後方はアンタたちに任せるわ。基本的には一番壁になれそうな私が受けるって感じでいいわよね?それにルゥ、アンタ非金属鎧だからそんな受けられないでしょ」

「まぁ、回避にも限界があるからね…。僕は魔法も使えるし遊撃として動くよ」


 ルーファが扱う真語魔法は敵に直接的なダメージを与える傾向が多い魔法である。詠唱があるため、魔法を撃つタイミングでは近接戦闘を行うことはできないが、中衛からの援護の役割も果たせる。

 今の彼に扱うことのできる魔法は魔力マナの矢を放つ【エネルギー・ボルト】、そして対象を弱体化させることで物理威力を弱める【ブラント・ウェポン】の2つ。牽制役としては十分である。


「っつーことはミネルヴァの嬢ちゃんが支援と回復になるわけだ。…負担がデカそうだが大丈夫か?」

「あ、私のこともミニーでいいですよ。えと、3人の支援なら私1人でも問題ないかと思います」

「いいねぇ!そいつぁ頼もしい!」


 彼女の断定にアリアドはヒュー!と称賛の口笛を吹く。彼の送る素直な賛辞に、ミネルヴァは照れたように頬を赤らめた。

 それもそのはず。彼女の持つ神聖魔法は傷を癒すことと支援効果に特化しており、その機能を十全に発揮するためには、目まぐるしく変わる戦況を常に把握し続けなければならない。それはパーティの人数が増えるほど爆発的に難易度が上がっていく。彼女を含めて4人に対する1人というのは初心者にとってそれなりの難度を誇る。


「ふふん!聞いて驚きなさいよね!ミニーは同時に2人以上癒せるほどの腕前なんだから!」

「え、エルちゃん…!」


 エルキュールの続く賛辞に、ミネルヴァが真っ赤な顔で止めようと服を引っ張った。引っ張られた当人は友人の静止などなんのその。ふふん、と得意げな顔を崩すことはなかった。


「へェ…!【魔法拡大】持ちか。そいつぁ安心して背中を任せられそうだ」


 彼女の魔法を支える根幹こそ、この【魔法拡大】だ。

 【魔法拡大】の技能には魔法効果の発動範囲を広げるものや、効果時間を延ばすものなど様々だが、彼女が持つそれは魔法の効果対象を増やす【魔法拡大/数】。神聖魔法における回復の魔法は、その難度から一詠唱で一対象というのが常識だ。それは熟練者においても例外ではない。【魔法拡大】はその前提をいとも容易く覆す、ある種反則じみた技能だ。


 だからこそエルキュールの笑みは、彼女への信頼の証であり、『どうだ、あたしの友達はすごいだろ』という自慢なのである。


「うし、なら後顧の憂いはねぇな。オレらに後ろは任せとけ」

「よろしく頼んだ。僕とエルで前は絶対に通させないよ」

「ふっふーん!アリアド、逆にあんたの出番がなくなるかもね!」

「ハハ!言うじゃねぇのコイツ!」


 好戦的な口調で軽口の応酬が始まった。やいのやいのと言い合いながらも手が出るわけでもなく、互いに揶揄いあうような雰囲気。傍から見ていたルーファはふと、まるで口の悪い妹と兄がじゃれてるみたいだな、と思ってしまった。


「…外見は全然違うのになんだか兄妹みたいです」


 クスリ、と彼の隣でミネルヴァが笑いを漏らす。彼女は自身の相棒を優しい眼差しで見つめていた。


「…同感。よほど波長があったのかもね」


 今回の軍配はどうやらアリアドに上がったらしい。赤髪を揺らしてぬぎぎ、と悔しそうな表情を浮かべるのだった。



**――――――――**§ § §**――――――――**

【あとがき・補足】

●神聖魔法

プリースト技能を習熟することで習得できる魔法の一種。自身の信じる神へ祈りを捧げ、その力の一端を現世で再現する。習得者が共通して使用できる『基本神聖魔法』と信仰神によって異なる『特殊神聖魔法』から体系が構成されている。

『基本神聖魔法』には対象の傷を即座に癒す魔法があるが、これは対象者の自然治癒力を強制的に高め上げ、本来治癒にかかる時間を早送りしている。あくまで自然治癒力を高めるため、部位の欠損は直らない。回復の魔法における"威力"とは、この自然治癒力増強の度合いであり、"回復量"とはこの増強の度合いと自然治癒力の積。

損傷具合や魔法の練度、周囲の環境によって"回復量"は当然変わるのだが、【魔法拡大/数】はこの誤差を完全に踏み倒して"回復量"を複数体に適用する凄い技術。

……という解釈。


なので【魔法拡大/数】を持っている魔法使いはそれだけで非常に重宝されるし、どこの組織も囲い込む。

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