第33話 あなただけのメイドです
なぜか翠の家の玄関の前に立たされている。翠は見せたいものがあるといってマンションの自室に入り、涼真は玄関の前で待ち惚けを食らっている。リビングぐらい入れてくれてもいいのにと思う。そもそも家でないと見せられないものとは一体なんだろう。
玄関が少し開いた。
「入っていいよ」
なぜか姿を見せない。
涼真はその様子に訝しみながらも玄関の扉を開けた。
「おじゃまします」
「お帰りなさいませご主人様」
涼真の目の前にいる翠は、メイド服を着ている。スカートは結構ロングで、口にはいつもの黒いマスクをしている。露出の低いメイドだなと思ったが、メイドは元々露出をするようなものではないはずだ。
「…………」
涼真は目の前の出来事に理解が及ばずに圧倒されていた。
「いやなにか反応してよ。結構恥ずかしいんだからねこれ」
「なんで恥ずかしいのにそんな格好を」
翠は少し頬を赤らめながら話す。
「文化祭でメイド喫茶ってあったでしょ?」
「? あったっけ?」
文化祭では教室の飾りつけを手伝っていた記憶しかない。みんな楽しそうだなあと思いながら催し物には一切参加しなかった。どこのクラスでどんな出し物をしているのかなんて涼真は知らない。
「あったの。別に私は参加してないけど、でもその時見たメイド服がひらひらしてて、かわいいなって。だから一回は着てみようと思ったんだ」
つまりいま着ているメイド服は文化祭の時に使用されていたものか。学生の出し物だから露出も少ない衣装になっているのだろう。
「だから今日だけ涼真くんが私のご主人様ね」
「プライベートなメイド喫茶みたいな感じか」
「……なんかその言い方はやらしいかも。じゃあ上がってご主人様」
涼真は家に上がり、そのまま翠にリビングに通される。
「紅茶です」
ソファに座り、すでに用意されていた紅茶を飲む。なんの種類かわからないがいい香りだ。翠の家にあるものは高価なものが多いので、これもいい紅茶に違いない。
「午後の紅茶のストレートティーです」
「午後ティーかい」
そして翠はメニュー表を出してくる。メニュー表には大きくオムライスと書いていた。オムライス以外に表記はない。
「じゃあオムライスを作ってもらおうかな」
「はい。もえきゅんでーす」
「雑なもえきゅん」
翠がキッチンに移動する。色々と準備をしている。手伝おうかと声をかけたがご主人様は座っていてくださいと言われる。
これからオムライスを食べたら晩ご飯が食べられない気がするが、せっかく作ってくれるのに文句はいえない。そもそも翠はお菓子はたまに自作しているが、料理をしているイメージはあまりない。ちゃんと上手くできるだろうか。
「お待たせしました」
翠がお皿に載ったオムライスを持ってきた。
「結構うまくできたよ」
卵はところどころ千切れているが、失敗というほどでもなく、さりとて成功というほどでもない出来のオムライスだ。
「ここに魔法をかけます」
「おお」
翠の手に握られているのはケチャップだ。オムライスの上にケチャップをかけていく。ケチャップに「魔法」という文字が刻まれていく。
「魔法をかけるってこういこうこと⁉」
画数多いのによく書けたなと思う。
「はい。もえきゅんでーす」
「雑だ」
「チェキを頼んでくれたら、本気のもえきゅんがついてくるよ」
「そこは本当のメイド喫茶みたいだね。チェキとかそもそもカメラあるの?」
「ないからスマホで自撮りかな。でもこの格好を残すの恥ずかしいからチェキは無しで」
「ええ……」
「……撮りたかった?」
翠が少し上目遣いにそんなことを聞いてくる。
涼真が答えられずにいると、
「あとで一枚だけ送ってあげるね」
翠は聞こえるか聞こえないかぐらいの声で涼真に囁いた。
普通に美味しかったオムライスを思い出す帰り道、涼真のメッセージアプリに一枚の写真が届いた。
手で目元を隠した翠の、メイド服の自撮り写真だった。
目元を隠し、マスクで口元も隠していたら誰だかわからないではないかと、涼真はくすりと笑ってそのまま帰り道を歩いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます