第32話 屋上で会いましょう

 下駄箱に手紙が入っていた。そして手紙にはこう書いてあった。


『昼休み、屋上に来てください』


 差出人は不明である。


 ピンク色の封筒に手紙が入っていたことから、差出人は女の子であることが察せられる。そして涼真に手紙を出すような女の子は翠以外にはいない。


 だけど妙だ。学校にいる間は翠との接触はほとんどない。たまに廊下ですれ違った時に、誰にも気づかれないように腕をちょんと突かれるぐらいのものだ。あと手紙という回りくどい連絡手段を取るぐらいなら、メッセージアプリを使うほうが圧倒的に楽だ。


 翠以外には考えられないが、翠ということも考えられない。


 いったい手紙の差出人は誰なのだろう。


 昼休み、涼真は屋上の扉を少しだけ開ける。その隙間から、人がいないか確認する。


 誰もいない。おそらく誰かのいたずらだったのではないだろうか。屋上に行ったマヌケをどこかで観察している者が近くにいるかもしれない。怖い人物がいた時用に念のため武器を持ってきたが必要はなさそうだ。


 そう思った瞬間に、後ろから気配を感じた。


 振り向く。


「告白だと思った?」


 白いマスクをした少女がニヤニヤと笑ってそこにいる。


「告白、そんな可能性が……」


 確かに下駄箱に手紙といえば、その後待ち合わせ場所で告白される恋愛の一大イベントだ。


 涼真の告白の可能性を微塵も考えていなかった態度に聖来は憐れむような顔をした。


「どんだけネガティブなの。まあいいや屋上に出てよ」


「え、嫌だ。っていうか手紙は赤月さんが?」


「そう。ほら、私の手に持ってるものわかる?」


 聖来は弁当箱とレジャーシートを持っていた。


「お昼を食べるってこと?」


「そう。私のストレス発散」


「お昼を食べることが?」


 よくわからなかった。そもそもまだ涼真は彼女のことを思い出していない。そんな人と一緒に昼ご飯を食べるのは気まずい。


「俺は弁当持ってきてないし」


「いつも学食でしょ? 知ってる。だから私のお弁当を分けてあげるの。ほらさっさと行く」


 なんで知ってるんだ? という疑念を挟む余地なく聖来に背中を押される。


 彼女はレジャーシートを広げ、そこに座る。


「ほら、座る」


 レジャーシートは結構狭い。つまり聖来との距離が近くなる。だけど涼真は観念したようにレジャーシートに座った。強引な誘いは断ってもその後何度も続く。翠とのやり取りで涼真は女の子との対人スキルが上がっているのだ。


 聖来は弁当を広げる。見たところ冷凍食品を使わず、すべてのおかずが手作りのようだった。しかも結構数がある。


 お母さんが作ってくれたのだろうか。


「これ私の手作りだから」


 心を見透かされているのだろうか。


「ほら、私の作ったハンバーグだよ。あーんして」


「いや、自分で食べ……」


「食え」


「はい」


 仕方なく口を開ける。だがハンバーグが口の中にやってこない。


「くっくっく、エサを待ってるひな鳥みたい……」


「息をするようにからかうね!」


 聖来のストレス発散とは、涼真の困った顔を見るためにからかうことではないだろうか。


 聖来が改めてハンバーグをこちらに差し出してくる。この調子だとハンバーグはものすごい激辛の可能性もあるかもしれない。涼真は慎重に、ハンバーグを咀嚼する。


「ハンバーグだ」


「私も食べるから普通のハンバーグに決まってるじゃん」


 まあ確かにその通りだ。


「あっ」


 聖来はなにかに気づいたように声を上げる。それはどこかわざとらしい。


「どうしよう。お箸これしかないなあ、二人でこれを使うしかないなあ」


 こちらをちらちらと見ている。同じ箸を使う、つまり関節キス、ということだろうか。


「大丈夫。割り箸持ってるからこれ使いなよ」


 涼真は懐から割り箸を取り出す。


「な、なんであんの」


「武器だよ」


「常に武器として割り箸を持ってるってこと? 頭おかしいの?」


「いや、屋上に怖い人がいた時のための対抗手段で、割り箸なら金属探知機にも引っかからずに相手の目を突くことができるから」


「……そう。なるほどね。一筋縄ではいかないってことね」


「俺のこと殺そうとしてた?」


 聖来は独り言のようになるほどねとつぶやいている。その後、無意識のようにハンバーグを食べた。


「あ」


 聖来は自分で関節キスを決行した。意識的にするのと、無意識的にするのでは相手をからかうという意味では大失敗だろう。


「…………涼真、弁当抜きね」


「え⁉」


 聖来は想定外の出来事に弱いのかもしれない。この後、持参した割り箸で聖来のおかずをいくつか恵んでもらった。


 これだけ彼女と接していても、涼真は彼女のことを思い出すことができなかった。


 彼女はいったい何者なのだろう。

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