第30話 ガチンコラーメンバトル

 とあるショッピングモールでは、一つの階層がラーメン屋で埋め尽くされている。翠からその話を聞いた時、そんなことがあるのだろうかと疑問に思った。


 訪れてみると、本当にその通りだった。


「いっぱいあるね」


「そうだね。どこに入ろうか?」


 悩むぐらいたくさんある。だけど一言にラーメンといっても様々な特色がある。濃厚な鶏白湯スープだったり、北海道の味噌にこだわったみそラーメンだったり、これぞ元祖の中華そばであることを謳っていたり、まあ本当に色々である。


「ちなみに碧川さんは何のラーメンが好きなの?」


「私? うーん、豚骨ラーメンかな」


 イメージ通り……イメージ通りか? 人の好きなラーメンに、イメージもなにもないだろうと自分で思う。


「涼真くんは?」


「俺はあっさりしたやつかなあ。塩とか」


「ふーん。なんかイメージ通りかも」


 涼真に対しての塩のイメージはあったみたいだ。


 しかし困った。二人のラーメンの好みはこってりした豚骨とあっさりした塩で真逆のようだ。その二つを食べられるラーメン屋があればいいが、この区画のラーメン屋は一つの味に特化しているようなところが多い。こってりならこってりだけ、あっさりならあっさりだけ、確かにこれだけのラーメン屋が並べば安牌を選ぶよりも尖った部分がある方が武器になるのだろう。


 二人で頭を傾けてどうしようか考えている時、喧騒が耳に入る。


 なんだろうと思い、涼真と翠は顔を見合わせた後喧騒の場所まで駆け寄ってみた。


 そこには二人の男が言い争いをしていた。


「なぜ貴様はこの濃厚豚骨のよさを理解しねえ。まさか体に悪そうなんて理由で濃厚スープを否定しているんじゃねえだろうな。ばっきゃろ! ラーメン食う時に健康なんて気にする奴はパスタ食ってろ!」


 頭に鉢巻、着ている服は作業着だろうか。今時こんな人いるんだなっていう感じのガタイのいい男性が語気を荒げている。


「なにを言っている。濃厚という言葉に踊らされるアホめ。濃ければ濃いほどバカ舌には好まれるが、舌の繊細な人間は違う。あっさりなスープほど様々な味の組み合わせと緻密な調整が必要になる。その複雑さを理解できないマヌケは口を噤んでいろ」


 こちらは眼鏡にスーツを着込み、胸ポケットからはメモ帳と引っかけたボールペンが覗いている。こちらの男性は記者だろうか。


 あまり接点のなさそうな二人だが、どうしてこんな状況になっているのかよくわからない。


「ここで俺らが言い争っても意味がねえ。必要なのは客観性じゃねえのか。なあ⁉」


「一理あるな。他人の意見を聞き、見分を広げることだな頭でっかちのひょうたん体型」


「誰がひょうたんだ! さっきから悪口言い過ぎじゃねえかおめえ⁉」


 ひょうたんの下の方は大きく膨れている。つまりはそういうことだ。


「そこのカップル、君たちだ」


 記者風の男は明らかに涼真と翠に手をこまねいている。


 なんかややこしいことになったなあと思いながら、とりあえず喧嘩をしている二人に近づいていった。


「おめえら、ラーメンの好みは?」


「あっさり」


「こってり」


 二人はとりあえず答えてみる。


「なあお嬢ちゃん、怒ってんのか?」


「怒ってないけど」


「そ、そうか?」


 威勢がいいと思っていた作業着の男が少したじろいでいた。さっきまでの怒りは少し鎮火したような気もする。翠の目つきの悪さが役立った瞬間かもしれない。


「まあつまりだ。あっさり好きのやつが、好みと真逆の濃厚豚骨を食って旨いと感じりゃその味は本物ってことだ」


「つまり逆もまた然りということだな」


「そうだ。兄ちゃんに嬢ちゃん、ラーメン代は奢ってやるから今回は俺たちに付き合ってくれや」


「はあ。まあ、いいです、けど」


 翠の様子を見ながら涼真は答えた。なんとなく翠が不機嫌なように見えたからだ。いや、翠は他人に対しては案外ぶっきらぼうな態度を取るからそのせいかもしれない。


「トッピング全部のせでもいい?」


 翠はそんなことを聞いた。やっぱりそこまで不機嫌でもないかもしれない。


「ええ。なんでも乗せていいですよ。せっかくのデートを邪魔して申し訳ないが、この男とは白黒はっきりさせたいのでね」


 記者風の男は、作業着の男以外には礼儀がいいようだ。


 というわけで、涼真はガタイのいい男と並んで濃厚豚骨ラーメンを食べている。


 どうだ、うまいかと聞いてくる男を見て、なんでこんなことになっているんだと思いながらも美味しいですと答える。


 実際、本当に美味しかった。


 濃厚なのであまり量は食べられないが、また食べに来ようかと考えるぐらいには美味しい。翠はこういうラーメンが好きなのだろうか。もう一度ここに来て、翠にもこのラーメンを食べてもらいたいと思う。


「あいつはよお、昔から要領がよくてな。がさつな俺とは正反対でよ。好みも全然違うけど、なんやかんやずっと一緒にいんだよな。腐れ縁ってやつなんだろうな」


 なんか作業着の男が語っていたが、涼真は目の前のラーメンに集中してあんまり話を聞いていなかった。


 ラーメンを食べ終え、翠たちと合流する。


 翠はお腹をぽんぽんと触っていた。どうやらお腹いっぱいになるまで食べたらしい。隣の記者の顔が少し物寂しそうにしていた。どれだけのトッピングを追加したのだろう。


 そして、作業着の男と記者風の男は、涼真と翠に意見を求める。


 二人の意見は、美味しかったの一言だった。


 作業着の男と記者風の男は、その意見に納得したのかどうなのか、なるほどと頷いてそのまま二人でどこかに意見を交わしながら去って行った。たぶん二人の意見は嚙み合わないことが多いのかもしれないが、それをぶつけ合うことが互いの刺激になって楽しんでいるんだろうと思う。


「塩ラーメン美味しかったから、今度はそのお店行こう。きっと涼真くんも好きだと思うな」


「こっちのラーメンもたぶん、碧川さんの好みだと思う」


「じゃあ、最低でも二回はここに来ないとだね」


「そういうことだね」


 相手の好みに合わせてみる。そうやって相手のことを知れるのかもしれない。


 そして意見がすれ違えば喧嘩する。そんな日がもしかしたら来るのかもしれない。

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