第28話 人口の星を泳ぐ

 すでに陽は落ちているにも関わらず、周囲は人工的な明かりに満ちていた。周囲はビルに囲まれ、電光掲示板がチカチカと光り、会社帰りのおじちゃんの集まりや旅行に来ている若い人たちの喧騒が夜の街を染め上げている。


 そんな中、涼真と翠は一つの列に並んでいた。


 場所は川のすぐ傍である。なにを待っているかといえば、川を渡る遊覧船を待っている。


「船酔いとか大丈夫涼真くん?」


「どうだろう。船とか乗ったことないし」


「私は乗ったことあるよ。もっと大きいやつ。それで島に行ったんだ」


「九州の方?」


「そうそう。でっかい木が生えているところ」


「大きな木はどこの島にもありそうだけどね」


 話している間に遊覧船が乗り場に着いた。川を渡るので大きな船ではなく、人が十人も乗れば満員になってしまいそうな小さな船だった。涼真は船に乗り込む。乗り込んだ際に船が軽く揺れて足場が不安定になる。バランスを取りながら席に座った。隣には翠が座る。


 船にはガイドの人がおり、船が発進する旨を伝える。


 船は川をゆったりと移動していく。船から見える場所についてガイドは説明をし、時折こちらに向かって手を振る人を見つけては手を振るように乗客に声をかけてくる。翠が大きく手を振っていたので、涼真も小さく手を振った。


 一段低い目線から夜の街を眺める。よく知る街が、いつもとは違うものに見える。


 涼真はふと、川をのぞき込む。


 川面に、夜の街が反射している。揺らめく夜の街は、星空よりもずっと色鮮やかで常に流動的だった。しかし川そのものに喧騒はなく、どこまでも静かに淡々と夜の街を映し出している。


 川底に向かう世界は、涼真の知る世界と似たまったく違う世界だった。


「すごいね」


 翠がこちらに体を傾け、涼真と同じように川面を眺めている。涼真が端に座っているので仕方ないが、涼真のすぐ目の前まで翠が体を寄せてきている。あまりにも近い。涼真は自然と体を引いていた。


「夜の中を泳いでいるみたい」


 船で移動していることを泳ぐと表現するのは正しいのだろうか。よくわからないが、それでも翠の言いたいことは何となくわかるような気がした。


 ありふれた現実の中にいても、少し視点を変えれば非現実的な出来事のように感じる。


 知っていると思っている世界には、まだまだ知らないことが溢れている。


 少しだけ視点を変えてみる。きっと、それだけで周りの世界は変わり始めるのかもしれない。

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