第27話 シング・ア・ソングinカラオケ

 狭い個室にはソファがあり、中心には長テーブルが置いてある。電灯はあるのに妙に薄暗く、モニターが光源としてはこの部屋で一番眩しいのではないだろうか。


 涼真と翠はソファで横並びになっている。


 そして翠の手には、マイクがあった。


「はいどうぞ」


 翠がマイクを手渡してくる。涼真は受け取り、マイクを見つめる。涼真はこのマイクを手に取るという意味を場所から察する。ここはカラオケの個室であり、マイクを持つということは先陣を切って歌う役目を押し付けられたということである。


 ちなみに涼真はカラオケに行ったことがない。つまりは人前で歌う機会は、学校での合唱ぐらいだったということだ。


「お返しします」


 悩んだ末に涼真は翠にマイクを返した。


 翠がマイクを見つめる。


 ちなみに翠もカラオケに行ったことがないらしい。一人でカラオケに行くにはハードルが高かったとのことだ。しかし興味はあるらしく、涼真と一緒に会員登録に手間取りながらもカラオケの個室にまでたどり着くことができた。


 ここまで来たら歌うだけだ。それなのに二人は行動に移さない。


 それは単純に、恥ずかしいという理由からだ。


 他人に歌を披露したことのない二人は、自分の歌に自信がなく、下手だと思われるという心配と、ちゃんと歌えるのかという不安があった。さらには自分の歌のチョイスが相手にとってどのように映るのか。知っているか知らないか、そもそも歌のジャンルが好みではないなど、考え出したら心配事が止まらなくなる。


 しかし、マイクを見つめていた翠は気づいた。この部屋には、もう一本マイクがある。


 翠はこれだと言わんばかりにもう一本のマイクを掴み、それを涼真に渡した。


「二人で一緒に歌ってみよ」


「なにを?」


「えと、校歌とか」


「校歌はカラオケにないと思うよ⁉」


 二人の知っている共通の曲を考え、校歌が思い浮かんだのだろう。校歌の歌詞なんてそもそもうろ覚えで涼真は歌えない。


 色んな話を翠としてきたが、曲の話はほとんどしていなかったことに気づかされる。この歌が流行っているぐらいで、普段どんな曲を翠が聴いているのかはまったく知らない。


 どれだけ一緒にいても、それでも知らない部分がある。


「まずは曲を探そうよ」


「それはたしかに」


 冬夜の提案に翠が同調する。


 タッチパネルの機械を触ってみる。曲名や歌手名など色んな方法で曲を探すことができるようだ。ランキングでも曲を探すことができるみたいで、最近の流行りの曲もこれで確認ができる。


「あ、これ知ってる」


「俺も知ってる。なんかのアニメのオープニングだっけ?」


 二人で一つの画面を眺めてあれやこれやと言い合った。お互いが知っている曲を一つ選び、モニターに曲を送信する。


 イントロが流れ始めた。二人はマイクを両手で持って、なぜか姿勢を正していた。

 第一声、上擦った歌声が涼真の喉から漏れた。翠にぷっと笑われたが、翠はそれで緊張もほぐれたのか普通に歌っていた。涼真もそれに釣られて歌った。


 二人ともたぶん、あんまり歌が上手いほうではなかった。しかし一曲を歌い終わる頃にはすでに恥ずかしさはなかった。


 今度は一人ずつ歌ってみようと翠が提案する。


 涼真も翠の意見に賛成した。そうやって二人はカラオケを満喫した。


 ちなみに時間は延長した。

 

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