第26話① 翠をおんぶする話

 翠と二人の帰り道、翠は足元に十円玉が落ちていることに気づき、それを拾おうとした。


 その時翠はバランスを崩してしまう。こけそうになって翠は小走りのような形で前進する。


「うへっ」


 翠の動きがぎこちなく止まった刺しに翠の喉から変な声が漏れ、そのまま翠はうずくまっていた。


「だ、大丈夫?」


 涼真は慌てて駆け寄る。


 翠は足首を押さえているようだった。涼真が足首を見てみると、その部分が少し赤くなって腫れていた。急に体勢を崩して前のめりに動いた際に捻ったのかもしれない。


「いたあ」


 意外とのんきな声で翠が言う。


「うわあ、どうしよう。学校に戻って保健室で湿布でも貰おうか」


 自分の言葉に、しかし学校から結構な距離を歩いてきたのでこのまま家に帰ったほうが速い気もした。だがこの状態で翠が家に帰るのも酷な気がした。肩を貸して歩けば問題ないだろうか。


「んっ」


 翠がこちらに両手を突き出してきた。


 なんだろう。気功波でも撃つのだろうか。


「ここからなら家のほうが近いから、運んで涼真くん」


「え、ああ、うん」


 涼真は突然のことに少しパニックになった。涼真はそのまま正面から翠を抱きかかえようとする。


「えっ正面から?」


 やばい間違った。


 涼真は背中を翠に向けて腰をかがめた。そのまま翠が涼真の背中に覆いかぶさる。柔らかい感触が背中に、そして顔のすぐ後ろにには翠の顔がすぐそこにある。


「まあ私は正面からでも大丈夫だけど」


 急に耳元で囁かれた。


「うわあっ!」


 驚きとくすぐったさで涼真がバランスを崩す。


「うわっ、ごめん! びっくりした!?」


「いや、くすぐったかったから。でももうやめて」


「落ちたら大変だもんね」


 そのまま翠を背負って歩き始める。


「いやあ楽ちんだなあ。たまにはこうやって帰ろうか」


「それはちょっと」


「私軽いでしょ」


「うーん……うん」


「ちょっと悩んだ?」


「いや全然」


 ちょっと嘘ついた。そもそも人間が重いのだ。その人間の中では翠は軽いはずだが、なにしろカバンの重さも追加されている。正直な話、結構大変だ。


「今度は私が背負ってあげるからね」


 自分が翠に背負われている姿を想像する。


「やめとくよ」


「遠慮しなくてもいいのに。私バッティングセンター行ってるし腕力あるよ」


「この前一回行っただけじゃん」


 しかもほとんど空振っていた。


「……私がおばあちゃんになったらこうやって運んでね」


「その時は俺もおじいちゃんだし無理かも」


「ちゃんとバッティングセンター行かないとね」


「いやバッティングセンターは鍛えるところじゃないからね!? ジムとか行こうよ」


「じゃあ今度はジムに行ってみようか」


「まあそうだね」


 そんな風に話していると、翠の住むマンションまでたどり着く。駅近くの高層マンションで、セキュリティもしっかりしている場所だった。ここにたどり着くまで、他人からの視線が突き刺さり結構恥ずかしかった。


 翠が鍵でマンションの玄関を開ける。そのままエレベーターに乗ってから翠の部屋の前までたどり着く。


 ここが翠の住んでいる場所なのかと少し新鮮な気分になる。


「じゃあ俺はここまでで」


 玄関のところで翠を降ろし、そのまま涼真は帰ろうとする。


「……救急箱が高い位置にあるから取れないし、涼真くん上がっていってよ。お礼もしたいし」


「……え?」


 

 続

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