第20話 不可思議七不思議

「さあ、わくわくするね涼真くん!」


 翠はめちゃくちゃ元気だった。


 ちなみに今は夜。しかも校舎にいる。月がやけに近くに感じ、星がいつもより瞬いているような気がする。閉まっている校門を無理やり乗り越え、校庭を二人で独占しているこの状況は、いつも見ているはずの場所を非日常が彩っているようだった。


 まあそんなことよりバレたら捕まるという緊張感がすごかった。


「俺はドキドキしてるよ」


「だよねー」


 たぶん違う意味で捉えている気がする。


「じゃあ七不思議を探しに行こうか」


 そういえば、夜に学校に忍び込んだのは学校の七不思議を探すためであった。


「そもそも七不思議なんてあるんだ。うちの学校」


「そりゃあ、動く人体模型とか、音楽室でピアノを弾くベートーベンだとか、そういうのがあったらいいなあって思うよ」


「ふうん…………思うよ?」


「だから探すんだよ。七不思議を」


 まさか。


「俺たちで七不思議を見つけるってこと?」


「だからそう言ってるじゃん」


「七つも?」


「今日は一つだけ見つけようか」


 これあと最低でも六回あるってこと?


 本当に学校に忍び込んでいることがバレないだろうか。不安で不安でしょうがない。このドキドキがあと何回もあるかと思うと涼真の心臓はどこかではちきれてしまうかもしれない。


「じゃあまずは保健室に行こうか」


 翠はそう言って、校舎の扉に手をかける。


 しかし扉は開かない。


「あれ?」


 普通に考えたら鍵がかかっているに決まっていた。翠は少し落ち込んだ様子だったがすぐに立ち直る。


「大丈夫。七不思議は校舎の中だけじゃない。校舎の裏庭にだってあるはず」


 ずんずんと歩き出した翠の後ろを涼真は慌てて追いかける。


 裏庭にはチューリップの花壇があって、整備のあまり行き届いていない池がある。他にあるものといえば雑木林ぐらいのものか。


 七不思議っぽいものといえば、池から幽霊が出てくる、みたいな感じだろうか。翠に言ったら斧を返してくれる女神様じゃないんだからと笑われた。なんで七不思議を探そうとしている人に笑われたんだ?


「例えばほら、この大きな木」


 翠は木の幹を手のひらで二回叩いた。大きな木、とは言っているが他に生えている木と比べてそんなに際立って大きいわけではない。


「この木の下で約束をした二人は……みたいなやつ」


「それもなんか混じってない?」


「とにかくなにか約束してみよう。なにがいいかなあ」


 翠は自分の意見に乗り気みたいだ。


「なんか、ほどほどなやつがいいかな」


 ほどほどという言外にずっとと永遠とかの検証が難しいものではなく、簡単に叶うようなものがいいという意味がある。ずっと一緒に、なんてものは重いと思う。言葉に縛られるような気もする。いや、そんなことを翠が言うと思っていることがおこがましいのかもしれない。


「じゃあ、明日も会おうか」


「……うん」


「なんか不満気?」


「いや、別に」


「この木さ、春には桜が咲いてたんだよね」


「そうだったね」


「桜って新しいものが始まるイメージがあるよね。だけど、なにか始まったら今までにあったものが終わっちゃうんだなって思うんだ」


 ——涼真くんはどっちが正しいと思う?


 そんな彼女の疑問に、涼真は答えられずにいた。なにかを得て、なにかを失う。得るものと失うものを選ぶことが涼真にできるのだろうか。


 それは七不思議なんかよりもずっと現実的で、もっと不可思議なものだ。


 涼真はいったいなにを失うのだろう。この胸のドキドキの持つ意味がいつのまにか変わっている。


 ただ待っていればいい。きっと桜の咲く頃には、わかるはずだから。

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