第17話 ゲームセンターEX

 自動ドアの開いたその先は、色んな音の入り混じる空間だった。人の声と言うよりもクレーンゲームやリズムゲームやメダルゲームの機械の音声が一つの空間に行き交っている。


 今日はゲームセンターに来たことがないという涼真の言葉を受けて、翠がゲームセンターに連れてきてくれた。偏見かもしれないが、確かに翠はよくゲームセンターに行っているような印象を受ける。しかし偏見は、クレーンゲームの中の景品が以前と違っているとぼやいている翠を見れば確信に変わる。


「どれか欲しいものある‼」


 周りの音がうるさいから、翠はいつもより大きな声を出す。涼真はクレーンゲームの中身を見る。


「なんだろうな……」


「なんて⁉」


「なんだろうな‼」


「どういうこと⁉」


 欲しいものを聞いた時に、なんだろうなと言われればわけがわからないだろう。涼真はとりあえず見たことのあるアニメのキャラのフィギュアを指さした。


「あれ!」


「よっしゃ! 任せといて‼」


 かなり自信満々な様子で翠はクレーンゲームにお金を入れる。涼真のためにやってくれるのに、お金まで払わせてよいのだろうかと考え、帰りにでもお金を返せばいいかと思った。


 翠はフィギュアの箱を色んな視点から眺める。


「おお」


 なんだか手慣れている感じがすごい。


 うんと頷き、翠はクレーンを操作し始める。クレーンは箱の上でちょうど止まる。クレーン部分が箱を掴み、移動を始めるが、箱はその場からほとんど動いていない。


 しかしこういうものは一発で捕れるものではなく、何度か繰り返し動かして落としていくものなのだ。おそらく、たぶん。


 翠はお金を入れる。クレーンを動かす。箱は動かず。これを何度か繰り返す。二十回に迫ろうとしたところで涼真は翠にストップをかける。


「ちょっとまって、もしかしてあんまりこのゲーム得意じゃないんじゃない⁉」


 翠の肩がびくっと震えた。


 翠が申し訳なさそうな目つきでこちらを見る。


「……いいところ、見せようと思って……でも次はいけそうな気がする」


「無理しないで⁉」


 涼真はその場を離れようとしない翠を無理やり引っぺがした。


「他のゲームを教えてよ。なんかオススメのやつ」


「えっと、じゃあこれ」


 翠が指を指した先にあったのは大きな筐体だった。段差の上の段が前に後ろに動いていて、その上にはたくさんのメダルが置いてある。メダルが落ちそうで落ちないのが見ていてもどかしい。


「メダルゲーム。あんまりお金使わないで長く楽しめるからよくやるんだ」


「よしそれだ」


 お金をあまり使わないというのが素晴らしい。


 機械にお金を払うと、小さなバケツみたいなやつにメダルがじゃらじゃらと入っていく。これで五十枚あるらしい。


 翠も同じ数のメダルを入れる。


 そしてさっきのメダル落としのゲームのやり方を教えてくれる。意外と単純な仕組みだ。メダルの落ちる場所を操作して、別のメダルを落としていく。


 メダルを落とす場所が右と左の二つあるので、左は涼真が、右は翠が使う。


 思ったよりもメダルが落ちてきて、最初のメダルよりも多くのメダルが手に入る。これは無限にできてしまうやつなのではないか。このままでは一生このゲームセンターから抜け出すことができなくなってしまう。


「今日は調子いいかも。ねえねえ勝負しよう。十分後にどっちが多くのメダルを持っているかの勝負」


「いいね」


 特に勝敗でなにかを賭けるわけでもなく、単純にどちらが勝つのか、という勝負だ。


 涼真はせっかくなので他のゲームに手を出してみる。あまり大きな一発は狙わずに、小さな勝利を積み重ねていく。


 そしてあっという間に十分が経つ。


 思ったよりメダルは増えなかったが、マイナスになっていないので上々と言えるだろう。翠の元に向かうと、翠はメダルを変える機械の前にいた。震える手で百円を握っている。


 不正の現場を見てしまった。


「買うのはズルでしょ」


 後ろから声をかけられて翠はわかりやすく驚いていた。彼女の手に持っているメダル用のバケツを見ると、すでに空だった。


「べ、別にどう増やすかは決めてないからね!」


「まあ決めてはないけど……」


 普段からゲームセンターでどれだけお金を使っているのか心配になってきた。


「はい」


 涼真は自分のメダルを掴んで、翠のメダル用のバケツに入れた。


「勝負は俺の勝ち。勝者からの恵みをあげよう」


「…………」


「さっきみたいに二人で楽しもう」


 翠はちょっと不本意みたいな顔をしている。


 しかし涼真がさっきのメダル落としゲームの横に長い椅子に座ると、翠も横に座った。


「……あ…………とう」


「ん、なんて? 機械の音がうるさくて」


 翠が涼真の耳元に顔を寄せてきた。


「ありがとう」


 今度ははっきりと聞こえた。そして翠は、こちらが耳を抑えて動揺しているのを見ていつもみたいにいじわるな笑みを浮かべた。

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