第15話 クッキング・クッキー
「じゃあこれをかき混ぜてください」
放課後の家庭科室でのことである。
「あい」
涼真は翠からボウルを受け取った。ボウルの中にはバターやら卵やら薄力粉やらが入っている。
「これもね」
さらに翠からヘラを渡される。
涼真はヘラを使って卵やら薄力粉やらバターやらを切るようにかき混ぜていき、クッキー生地を作る。無心に混ぜていく中、そもそも放課後とはいえ、家庭科室を勝手に使っていいものだろうかとふと疑問がよぎった。確か料理研究部という部活があって、放課後はいつも彼らが使っていたはずなのだ。だけど文科系の部活は毎日あるわけでもなく、今日は休みの日なのだろう。そして家庭科室を使っているのは翠の社長令嬢の権限を濫用しているのかもしれない。
そうやって自分の疑問に勝手に答えを用意している間に、良い塩梅のクッキー生地が出来上がる。
「じゃあ次は生地を伸ばしてね」
「あい」
翠からめん棒を受け取る。
クッキーの生地を伸ばしていく。
「ねえ」
涼真は翠に疑問をぶつける。
「なに?」
「なんでずっと指示だけなの?」
翠は食材と必要な器具を涼真に渡して、自分は動こうとしない。
「私はね、クッキーの型抜きがしたいだけなんだよ」
「そんなことある?」
「ある」
あるらしい。
じゃあ仕方ない。涼真はクッキーの生地を伸ばし終わる。
「ふふん。ついに私の出番のようだね」
翠は手元にたくさんの型抜きを置いている。そして型抜きを掴んではクッキーの生地に押し付けていく。ちなみに型抜きは色んな動物の形をしている。ゾウやキリン、ライオンやワニなんかもある。翠はすべての肩を抜き終えて、満足そうに仁王立ちをしている。
その後翠は、余ったクッキーの生地を丸め始めた。
「これは型抜きを使わずに頑張ってみるよ」
「そう。じゃあこの動物たちは焼いていいの?」
「いいよ。こっち見ないでね」
「え? うん」
どんな形のクッキーを作ろうとしているのだろう。言われたとおりに、涼真は翠の方を見ずに、焼きあがっていくクッキーをオーブン越しに眺めていた。「よし」という声が後ろから聞こえて、翠が自分のクッキーを別のオーブンで焼き始めた。
涼真の焼いたクッキーが先に焼き上がる。
クッキーを取り出す。甘い匂いが辺りに漂う。クッキーは見事なきつね色で、見た目はかなり美味しそうだった。クッキーなんて初めて作るがそれにしては上出来な部類ではないだろうか、と一人で満足する。まあ、翠に指示されたから上手くできたんだろうなとも冷静な自分が野暮なツッコミを入れる。
「こっちもできたよ」
「見てもいいの?」
振り向こうとしたがこっちを見ないでと言われたことを思い出し、確認する。
「いいよ」
そう言われたので、翠のクッキーを見てみる。いったいどんなクッキーを作ったのだろうか。
「…………」
なんか、ぐちゃぐちゃだった。だけど目? のようなものがある。ニンニクみたいな形の部分は鼻だろうか。にんじんみたいなやつはたぶん口だ。
「人の顔?」
「正解。誰だかわかる」
「あれかな。福笑いの人。いや待った。失敗した時の福笑いの人」
「違うよ! 涼真くんだよ!」
「俺だったの⁉」
ちょっと不満げに口を尖らせた翠が、もういいと言って涼真の顔をしたクッキーを食べ始める。自分の顔が食べられるのは不思議な感覚だったがどれだけ見てもクッキーの顔は自分には見えなかった。
涼真は動物のクッキーを食べながら、翠の機嫌をどう直すか考えた。しかし翠はクッキーを美味しそうに食べて、すでに機嫌が直っているようだった。
乙女心は、意外と単純なのかもしれないと思いながら涼真はクッキーを食べ進めた。
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