第14話 神様だって暖かくなりたい

 雪が降っている。


 街が白く染め上げられる。普段の景色がいつもとは違う雰囲気になっているようだった。なにがどう違うのかと言われれば困るが、普段とは違うどこか幻想的な雰囲気を纏っているようだった。


 そして普段とは違うのは、翠も同じだった。


「う~」


 彼女は寒さに弱いらしく、いつもはお喋りな彼女は寒さに口を開かずうめき声を上げている。マフラーに手袋にロングコートで完全防備である。それでも寒さには抗えずに体を振るわせている。


 しかし彼女は何かに気づいて「ん?」と足を止めた。


「こんなところあったっけ」


 翠の視線の先にあったのは鳥居だった。雪で上の方が白く染まっている。


 街中に急に現れたという印象で、涼真も確かにこんなところに神社があった記憶はない。周囲の雪景色のせいでいつもとは違う道を通ってきたのだろうか。


「ちょうどいいや。神様にあったかくなるようにお願いしよう」


「そんな神様を暖房みたいな扱いしなくても」


 翠が鳥居くぐったので、涼真もその後ろをついていく。


「ちょっとまて」


 涼真はそう言われたので動きを止める。しかし翠はずんずんと前に進んでいく。


 涼真は首をかしげる。


 あれ? 何で待たされたんだ? そもそも翠とは喋り方がいつもと違った。声も違ったのではないか。


「おい」


 明らかに翠が発した声とは違う声がすぐ近くに聞こえた。


 涼真が首を下げると、そこには一人の少女がいた。巫女の服を着ていて、髪がつんと尖っていてまるで狐の耳のようになっている。最初に思ったのは寒くないのかな、で、次に思ったのはどうしてこんなところに女の子がいるんだろう、だった。しかし二番目の疑問は神社の娘さんかなとすぐに納得した。


「なになに?」


 翠が少女に気づいてこちらにやってくる。


「いや、よくわかんないけど、この子が声をかけてきて」


「迷子?」


「さあ」


 少女が翠を顔を向ける。


「なんだその目つきは、子供相手に大人げないと思わないのか!」


 涼真から見ればいつも通りの翠の目つきも、子供から見れば睨んでいるように見えるのかもしれない。


 翠はすべてを悟ったような表情で小さくため息を吐く。


「知ってたよ。私は子供に好かれないって」


 翠はそう言って少し離れた位置で三角座りで落ち込んでいる。


 なにをやってるんだ。


「おいお前。私を見てどう思った」


「え、いや、寒くないのかなって」


 涼真は本当に思ったままを言う。


「だろう。だから私にお前の着ているものを寄こせ」


「追い剝ぎ⁉」


 さあ、と言って巫女服の少女が両手を広げている。自分に防寒具を着せろと無言で圧力をかけているようだった。


「まあ、いいけど」


 涼真は自分のネックウォーマーを少女に着せてあげる。


 少女はまだ両手を広げている。


 これでは足りないみたいだ。


 手袋を少女に着けてあげる。かなりぶかぶかだったが、少女は少し満足気な表情をした。あとはコートもあげた。コートの裾が地面に着くぐらいサイズが合っていなかったが、少女はさらに満足気な表情をした。


「よくやった。あとはこの奥で賽銭も忘れずにな」


「金までも⁉」


 どんどんむしり取られる。まあここまで来たのなら涼真も神頼みぐらいしようと思う。賽銭箱に五円を入れて、手を合わせて頭を下げる。防寒具を失った涼真の願いはもちろん、今よりも暖かくなりますように、だった。


 帰ろうとすると、少女の姿はすでになかった。いまだに落ち込んでいる翠に聞いてみても少女がいついなくなったのかわからないようだった。


 迷子だったら大変だが、子供にしてあの図々しさは涼真よりも生き上手に違いない。心配されるのはむしろ防寒具を失った涼真のほうだ。


「くちょん!」


「あ、変なくしゃみ。っていうかそんな寂しい服装だっけ」


「あの女の子に全部あげたんだよ」


 翠がうんうんと頷く。


「それはいいことをしたね。きっと神様も見てくれてたよ」


「……手袋とか貸してよ」


「えー、そうだなあ、私を捕まえられたらいいよ。コンビニでおでんも奢ってあげる」


 翠が急に走り出した。


 距離がそれなりに開いたところで翠が振り向いて笑顔で挑発した。


「くっ」


 涼真も翠に続いて走り出した。そして途中でふと振り返ってみる。鳥居の姿が消えていた。雪に隠れて消えてしまったのだろうか。近づいて確認しようと思ったが、それではどんどん翠との距離が開いてしまう。


 神様が涼真の善行を見ていたというのなら、もう一つぐらい願い事をしてもいいかもしれない。


 こんな日常が続くように、と。


 誰かの視線を、走っている背中に感じたのは気のせいだろうか。

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