第12話 半分この体温
いつもはスカートが短く、足を露出している翠だが今日は違う。
翠は黒いタイツを履いてた。
その理由は単純で、今日はとてつもなく寒いのだ。天気予報では寒波が襲来していると言っていたし、翠の口から出る吐息も白く染まっていた。翠は真っ黒いマフラーを首にぐるぐる巻きにして、黒い革の手袋同士をこすり合わせている。今日のコーディネートはだいぶ黒いな、と思いながら隣を歩く。
対して涼真は手袋を忘れてしまった。冷えた空気を肺で温め、赤くなっている手にぶつける。お椀の形になった手に沿って空気が跳ね返り、わずかに涼真の顔をなぞった。
そんな様子を翠が見つめている。
「私の手も温めてよ」
翠が手袋を外して、涼真の眼前に両の手のひらを向けた。
まさかとは思うが、他人の手に向かって息を吐きかけろというのか。できるわけがない。
「自分でやりなよ」
「でも私って冷え性だから」
冷え性は別に体温が雪女みたいに低くなるわけではない。だからもちろん吐く息も温かいはずなのだ。それに自分が翠の手に息を吐いている姿を想像すると、だいぶ気持ち悪い気がする。
だけど翠の意見を変えるのには苦労する。意外と頑固な一面があることを涼真は知っているのだ。ただ意見を否定するのではなく、別案を提案しなければならない。息を吐きかける以外で翠の手を暖める手段が必要だ。
だが答えは簡単だ。
「ほい」
涼真は目の前の手のひらを、自分の手で握った。正面に向き合ったまま互いの指が絡み合う。
——あ。
やってしまった。これじゃあ息を吐きかけるよりもずっと気持ち悪い。
だけどここで手を離すと意識してるようでさらに気持ち悪い気もした。
翠の反応をうかがっていると、翠はにぎにぎとこちらの手を握り返す。
「うん、あったかいあったかい」
彼女の手は少し冷たかった。元々の体質なのか、それとも冬の空気に熱を奪われたのだろうか。
翠に温度が渡って、二人の温度は限りなく近づいたのかもしれない。
「ほら、あったまったでしょ」
涼真は少し恥ずかしくなって手を離した。
翠はえーと口を尖らせたが、涼真が恥ずかしくなったことを察して手を握るような仕草を涼真に見せつけてからかってくる。
「次はいつ握ってくれるの?」
「もう握らないよ」
「雪が降ったら?」
「握りません」
ひとしきりからかった後に翠は手を差し出してくる。
「じゃあこれ」
その手には片方だけ手袋が握られている。
「片方だけでもあるほうがマシでしょ」
涼真は逡巡してから手袋を受け取った。
「ありがとう」
「半分こだね」
手袋は、涼真の手には少し小さかった。
だけどそれは確かな温もりを感じる。
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