第10話 観覧車からの景色

「今日は観覧車に乗ろう」


 翠が空に指をさして言う。もちろん指の先にはなにもない。ただ青空が広がっているだけだ。


「遊園地に行くってこと? 遠いけど」


 遊園地に行って観覧車に乗ってまた帰ってきて、それだけでどれだけの時間が浪費されるだろうか。今日中に帰れるか不安になるし、それに遊園地に行くのであれば観覧車だけに乗って帰るのはもったいない気もする。


「どうせなら、休日でも……」


 と言いかけて、なんだか休日デートに誘っているようで口をつぐんだ。


「ふふん、知らないの涼真くん。観覧車は遊園地だけじゃないんだよ。まあついてきてよ」


「あいあい」


 翠に連れられて駅にやってきた。


 電車に揺られて何駅か跨ぐと、翠がとある駅で降りるのでついていく。しばらく歩くと、ビルの上に観覧車が建っているのが見える。なるほど。あれに乗るつもりなのだろう。たしかに遊園地じゃなくても観覧車はあるみたいだ。


 しかし、都会に観覧車という異様な光景が周囲の背の高いビルに紛れて目立たない。街の人間もわざわざ観覧車を見上げるようなこともしない。都会のいつも光景として紛れ込んでいるのが不思議に思える。


 そして観覧車の建っているビルは商業施設らしく、たくさんの店が入っている。


 翠と色んな店に目移りしながらもエスカレーターでどんどんと上を目指していく。


 最上階に着くと、列が並んでいた。列の先頭が次々とゴンドラに乗り込んでいくのが見える。平日ということもあって人は少なく、待ち時間は五分もかからなさそうだった。


 待ち時間が少ないのはいいことだが、列に並んでいる客層が明らかに偏っている。若い男女が多く、涼真と翠のように制服同士という組み合わせも珍しくない。自分が場違いなのではないかと思うが、むしろその客層たちと同じように自分たちが見られている可能性に気付いて足を踏み出すことに躊躇してしまう。


 そんな涼真の様子を見て翠がにやりと笑う。


「私たち溶け込んでるね」


 どうやら思考を見透かされているようだった。


 そして気づけば涼真たちはすでにゴンドラの前にいた。


 観覧車は止まることなく回り続けている。乗るのに失敗したらどうしようという不安の中、翠がぴょいっと入っていくので慌ててその後ろを追いかけた。スタッフのお姉さんのいってらっしゃいの声がゴンドラから遠ざかっていく。


 翠と向かい合う。


 静かに時が進み、ゴンドラが上昇していく。


 そもそもビルが高いのに、その上にある観覧車はそれはもうとにかく高い。下から見上げれば周囲のビルに埋もれるが、実際にその天辺から下を見下ろせばあらゆるビルが低く見える。


 陽光を乱反射するビルに目をすがめながらも、普段は見ることのない視点の景色を目に焼き付けた。


 だけどそんな景色を目の前にしても、翠はこちらを見つめている。


「外見ないともったいないよ」


「見てるよ」


 涼真の指摘に翠はすぐさま返す。


「君のいる景色がいいの」


 なんだそれ、と思った。だけど翠を見て、彼女を中心にした景色を見る。


 観覧車から降りた時、すぐに目に浮かんだのは翠のいる情景だった。

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