第9話 二人占めの教室
放課後の教室には、まるで異世界のような情緒がある。
生徒も先生もおらず、授業中の文字を書く音や教科書をめくる音はなく、休み時間の騒がしさは一切感じられない。開いた窓からは、秋に冷やされた風と部活をしている生徒たちの掛け声が入り込む。吹奏楽部の演奏が聞こえるが、それが上手いのか下手なのか涼真には判別がつかない。
いつもの窓際の席に座り、そして机には翠が座っている。行儀が悪いし、短いスカートでそんなところに座られると色々と見えてしまいそうな点もマイナスポイントだ。おかげで翠のほうをまともに見れない。だけどちらっと見たらめちゃくちゃ翠と目が合った。
罠に引っかかったようで負けた気になる。
そんな涼真の様子に満足したのか、翠は普通に前の椅子を引っ張り出して、座った。
「で、教室でなにするの?」
涼真が空気を変えるために質問した。
「別にすることなんてないよ。ここが涼真くんの教室かあって見に来ただけ」
「見るぐらいならいつでもできるでしょ」
「見るのはね。でも、こうやって教室でお喋りはできないじゃん?」
確かに、クラスにはクラスの雰囲気があって、その雰囲気は他のクラスを阻む壁のようになっているような気もする。特に翠は自分のクラスでも浮いているようだし、自分のクラスの雰囲気にも馴染めていない彼女が他のクラスに来るなんてことは難易度が高いだろう。そしてそれは涼真にも当てはまる。
多くの人がいて、同じコミュニティに属しているのに、結局それは他人同士の集合体に過ぎない。卒業というゴールは一緒なのに、そこに至る過程はバラバラで、卒業後も全員が同じ道を辿ることもない。同じ人はいないはずなのに、自分たちは同じなんだと思い込む者たちが違うと思い込む者を排斥する。
同じと、違う、その境目はいったいどこにあるのだろう。
「よっと」
翠が椅子ごと涼真に寄せてくる。
「え、なになに」
翠がすぐ隣にいる。
「これが涼真くんのいつも見てる景色か」
「そうだね」
「ここで授業を受けて、ここからグラウンドをお眺めていると」
「うん」
「変なの」
「変、かな」
翠の言うことのほうが変だと思う。
「一緒のクラスだったら休み時間もこんな風に話してるのかな? 私たち」
「うーん、どうだろ。周りの目を気にして話さないような気がするし、クラスメイトっていう距離感なら一緒に帰ったりもしないかも」
「うーん、かもねえ。そう考えると別々のクラスでよかったかも?」
「そうかも?」
「ふふ、かもかも」
どうでもいいことを話すのは帰り道と変わらないはずだが、教室で話しているとこんな日常もあったのではないかと想像してしまう。
やっぱり放課後の教室は異世界だ。
世界で二人っきりになったみたい、とまでは言わないけれど、今この場所には二人しかいないのだ。
そしてまだ、帰り道も残っている。二人は同じ世界にいる。
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