第8話 ハロウィンで見つけて

「今日のルールは覚えてる?」


 翠が問いかける。


「今日はハロウィン。繁華街には仮装した人がたくさんいる。そして俺たちも仮装して、たくさんの人の中から先に相手を見つけたほうが勝ち、だったよね。で、勝ったらなにがもらえるんだっけ?」


 翠はふふんと鼻を鳴らした。


「勝者の優越感」


「なにもないんだね」


「嘘、今度のカラオケ代を奢ってもらえる権利」


「ほお?」


 カラオケ行くって初耳だけど、勝利の報酬としては悪くないかもしれない。


「じゃあ今日は解散。またあとで」


「互いに見つかったらね」


 どちらも見つからなければ、今日はもう会えないことになる。普段の翠を見つけることはできるかもしれないけど、仮装していればわからないかもしれない。それは涼真にも言えることだ。


「大丈夫」


 翠が涼真のネガティブな思考を断ち切るように言う。


「私が見つけてあげるから」


 そして、二人は衣装に着替える。



 ▽▽▽



 涼真が着替えたのはミイラの衣装だ。分厚いコートの下に包帯を顔や腕にぐるぐる巻きにしただけだが、まあそれなりに形になっていると思う。父親から借りたハットを被ったりして、街中に紛れるミイラ男を演じた。


 うん、完璧だ。


 街中は人であふれており、涼真の衣装はその中に紛れてもはや普通に見えるほどだった。


 あれ、インパクト弱かったか?


 この中から翠を見つけるのは中々に難儀すると思ったが、人混みの中から貴族の舞踏会でつけるような仮面を被り、魔女のような格好をしてキョロキョロと辺りを見回す人物がいた。髪にはウィッグをつけていて金髪になっている。ハイヒールで身長もずいぶんと高くなっている。そして口元には、いつも顎にひっかけている黒いマスクをつけている。


 かなり本気で見つからないように仮装をしている。いつものマスクを着けているのが、せめて涼真が気づく要素としてワンポイントで残していそうだ。


 これで声をかければ終わりだが、翠が逆にこちらにいつ気づくのか少し待ってみるのも楽しそうだなと思った。


 少し遠めから眺め、翠がこちらをちらりと見た、と思ったが別の場所に目をさまよわせている。ハロウィンのテンションに呑まれた男が時折翠に声をかけてくる。翠はぶっきらぼうな態度で彼らを無視した。彼女は辺りを小走りで駆け、常に頭を右に左に動かしている。


 意外と気づかれない。少し近づいてみようかと歩き、さらに歩く。


 そしてすれ違った。


 そんなにバレないものかと少しショックだった。私が見つけてあげるから、彼女はそう言っていたのに、裏切られたような気持ちになった。


 涼真は彼女のことをすぐにわかったのに、彼女は触れられる距離にいたって涼真に気づかない。彼女にとって、涼真はどのような存在なのだろう。


 いや、初めから期待しすぎていたのかもしれない。


 過大な評価を自分に下していたことが無性に恥ずかしくなった。


 そもそも自分は彼女にとってどのような存在であるつもりだったのだろう。帰り道を一緒にするだけの顔見知りか、それとも友達か、親友か、それとも——


「涼真くん⁉」


 後ろから袖を引っ張られて、涼真は振り向いた。


「普通にすれ違うから別の人かと思った。っていうか普通気づかないかなあ。マスクのヒントも残したのに。まあ私の仮装が完璧だったかな」


「……えっと」


「言ったでしょ。私が見つけるって。今回は私の勝ちだね」


 翠が勝ち誇った顔をする。


「そうだね、俺の負けだね」


 最初に見つけたのはこちらだったが、もうそれでいいやと涼真は思った。

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