第6話 好きを分かち合って

 喫茶店の中、席を挟んだ向かい側に翠はいる。その視線は期待に満ちていた。そんな視線を受ける涼真の目の前には、梨のタルトが置いてあった。


 涼真はフォークを手に取り、梨のタルトにフォークを刺した。そんな一つ一つの動作にも翠は目を離さない。見られていると、普段は当たり前のようにできていることがぎこちなくなってしまう。


 涼真はたぶんロボットのような動きになっていることだろう。


 そんなカクカクとした動作で、涼真はタルトを口に運んだ。口の中で、梨のみずみずしさとタルト生地のぱさぱさ感が重なった。梨もタルト生地も思っていたよりも甘さが控えめで、二口目、三口目と問題なく食べ進めることができる。それでも口の中が甘くなれば、無糖の紅茶を飲んで口の中をさっぱりとさせる。


 なるほど、美味しい。


「ね、美味しいでしょ」


 心の中を読まないでほしい。いや、表情がわかりやすすぎたか。


「でも意外だね。甘いものはあまり好きじゃないイメージあったけど」


「なにそのイメージ。まあ甘すぎるのは好きじゃないけど、これは特別」


「へえ」


 そもそもなんで涼真が梨のタルトなんてものを食べているのかというと、翠が互いに好きな食べ物を共有しようと言い出したことが発端である。そして翠にとある喫茶店へ連れられて、翠が好きだという梨のタルトを食べさせられている。


「なにか思い出でもあるの?」


 特別、と言った時の翠の表情がなにかを慈しむような表情になっていた。あれはきっと、昔を思い出している表情に違いない。


「心の中でも読んだ?」


 面白そうに翠は言う。


「正解。昔お父さんに連れてきてもらったんだ。あ、お父さんって今のお父さんじゃなくて、前のお父さんね」


 なんだか複雑みたいだ。


「まだ小学生に上がる前かな。私が買ってもらおうと思ってたものが売り切れてて駄々こねたんだよね。なにを買ってもらおうとしてたのか全然覚えてないんだけど、たぶんアニメのグッズとかそんなんだと思う。それにお父さんが困っちゃって、それでお父さんは魔法の食べ物があるって教えてくれたの。そんなこと言われたら期待しちゃうじゃん? それでついていった時にこのタルトを食べさせてもらったんだ。洋なしって私食べたことなかったから、これが魔法でできた食べ物なんだっていうお父さんの言葉を信じてた」


「魔法か」


「そう。だけどその数日後にお父さんが亡くなって、私は魔法の食べ物がなんなのか、どの店に行ったのかもわからなかった。だけど最近見つけたんだ。これを食べたときにびびっときてさ。これが私の好きな味だなって。たぶん、思い出の味も混じってるんだと思うけど」


 そんなエピソードを聞くと、タルトの味も変わってくるような気がするから不思議だ。


「でもなんでそんなこと俺に教えてくれるの?」


 これはきっと、翠の心の奥底にある大事な記憶のはずだ。それを涼真に話す理由と、それを共有しようという意図がわからなかった。


「自分が好きな物を、他の人にも好きって言ってもらえると嬉しいから」


 翠が涼真の手からフォークを取り上げた。フォークの先にはタルトの一部が刺さっている。それを、涼真の口に無理やり押し込んだ。


「だから涼真くんもこれを好きになりなさい」


 涼真は周囲の視線を気にしながらも、目の前の翠の視線から目が離せない。長いまつげと少し茶色がかった瞳。まるで彼女の目から引力が発生しているようだった。


 次に梨のタルトを食べたときは、きっと思い出の味が混じるんだと思う。


「じゃあ次は涼真くんの好きなものを教えて」


 自分の好きなものを頭に思い浮かべる。そしてそれを、翠が気に入ってくれるのか不安になった。


 好きを受け入れてもらうのには勇気がいるのかもしれない。翠も同じ気持ちだったのだろうか。


 だけど翠が踏み出してくれたように、涼真は一歩を踏み出そうと思った。


「俺は――」


 彼女は受け入れてくれるだろうか。

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